強引な誘惑【ぎじプリ】
強引な誘惑

明るい部屋が、窓の向こうの夜の深まりを強調する。


経理部のフロアは、昼間とは打って変わって人が少なく、残っているのは不運な社員ばかり。私も例に漏れずその一人で、今日こそは早く帰ろうと密かに立てていた決意は、数時間前に部長から振られた仕事によってぶち壊されてしまった。


あーぁ、ようやく早く帰れると思ったのになぁ……。


決算期のせいで二週間続いた残業は、昨日で打ち止めにしておきたかった。

その為に今週は毎日終電ギリギリまで残っていたのに、風邪で休んでいる後輩の仕事を引き受けるはめになるなんて……。困った時はお互い様だもの、なんて笑顔で言いたいところだけれど、気力も体力も消耗している今は少しばかり難しい。


パソコンと睨めっこをしたままの目はさっきから重怠く、それに釣られるように頭や肩までもが重い。愛用していた目薬を昨夜で切らしてしまったことに、深いため息が漏れた。


「そっちはどう?」

「もう少しで終わりそう」

「こっちもどうにか処理できそうだ」


正面から飛んできた質問に安堵混じりの返事をすると、二つ離れたデスクにいる同僚も続けて答えた。


「俺も三十分もあれば終わるから、何とかなりそうだな」


風邪で休んでいる後輩が抱えていた仕事は、この同期の男性社員二人と私に振り分けられた。私を含めた三人が指名されたのは、今朝の段階で自分達の仕事を終えていたから。

ただ、普段から仕事が早い二人とは違って、私は要領の悪さを残業でカバーした結果のことで、決して優れているわけではない。私の倍近くの仕事を振られた二人の処理速度が、それを雄弁に物語っていた。


「終わったぁ……」


それでも何とか自分に課せられたノルマをこなすと、二人から労いの言葉が飛んできた。


「何か手伝おうか?」

「いや、大丈夫」

「俺も平気」


さすが、と心の中で呟く。
それに、私が手伝うよりも、きっと彼らが自分でこなす方が早いだろう。


とは言え、ここまで一緒に仕事をしたからには先に帰るのは気が引けて、二人の邪魔をしないようにそっと席を立ち、喫煙室の隣に設置されている自動販売機へと向かった。

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