七色の空
チャプター83
「メッセージ」

福生のクモの糸に林檎という少し淫らな蝶がかかった。
 福生はこれまで長い時間をかけて、美しい幾何学模様の巣をこしらえた。巣にかかる蝶を食べる為ではない。怯える蝶に優しく声をかけ、自分のそばにいることを承諾して欲しかったのだ。絡み付く糸なら、いつでもほどく心構え。見返りを求め条件を差し出すこともない。美しい蝶を食べなければ生きていけない胃袋なら、食欲を夢と希望で掻き消す術も得ている。
死を目前にして、見上げる病室の天井は、異次元への入口となる。
福生に気掛かりなこと。1 林檎の将来。
林檎が夢見たAV女優が林檎にとって正しい選択肢であって欲しい。
2 林檎の出会い。
幸運にも美しく生まれてきた女性である。素敵な異性と巡り逢い家族を持ち、他人の為に生きる喜びに酔いしれて欲しい。
3 林檎の出会い。
林檎と出会う男性には、林檎をこよなく愛して欲しい。
4 林檎の母。
いつまでも元気で林檎に愛情を注いでいただきたい。
5 林檎と自分。
なかった事にして欲しい。自分のことは忘れ果て、忘れ尽して、林檎のこれからに影響を及ぼさぬよう、軽やかにこの世と死別願いたい。
6 林檎。
ありがとう。
7 林檎。
眠っている間も手を握っていてくれることが、あまりに切なく愛しい。
8 林檎。
ずっと独りぼっちでいたスパイダーを背に乗せて、あなたは大空に羽ばたいた。これまで見たことのない景色。感じたことのない風。温もり。季節。二人の時間。
僕はもうじきいなくなるから、少し羽を休めたら、また美しいその羽で羽ばたいて欲しい。
僕はスパイダー。今にも切れそうな糸のような心は、今はもぉ君なしでも大丈夫なくらい強くなった。
福生の病室は、昼の陽射で明るく包まれている。
病室で眠る福生の脇には林檎が座っている。福生の枯れ果てそうな手を林檎が握っている。
福生の頬を一筋の雫が落ちてゆく。
優しさにつつまれたなら、目に映らざるとも、全てのことはメッセージとなる。
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