七色の空
チャプター84
「動き出すストーリー」

動けない福生とそばにいる林檎では、病室から脱け出す術はない。福生はもはやソコから動こうと考えることもなくなっていた。正確には、考えられなくなっていた。福生の心は病に侵され、大事な気持ちを抱いたり、思いを巡らせるといった人間の特権は、ことごとく封じ込められてしまっていた。それがなくなれば福生に存在意義はない。福生はそう考えていたが、存在意義を失っても命ある間は、見苦しい姿をさらしながらもココにとどまっている他ない。
福生は林檎と話したかったが、口が心を代弁できるほど機能しない。林檎が語りかける言葉は、どうにか聞き取れるが、あと少しすれば、その声も届かなくなるのだろう…
しかし、力あるものによって福生のストーリーはわずかに動き出そうとしていた。福生をとりまき、福生に味方するものが、病室に縛り付けられた福生の位置をこの世に存在する別の座標へ移動させるのだ。
福生は自らの力でストーリーを動かすことはできない。ここからは、福生が思いもよらなかった真心によって、いよいよ天国への階段を上り始めるのである。
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