七色の空
チャプター85
「ある夜の出来事」

地球は球体である。故に、全ての地点は世界の中心となり得る。
人間の心もまた球体。どんなに謙虚な人間であっても、所詮は自分を中心に地球が回っていると、心のどこかで信じている。いや、人間が生きるとは、もしかすると自分を中心に地球を回すことなのかも知れない。
人は本人が意識する、しないに関わらず、誇りをもって生きているものだ。自分の存在意義を自分で何とか認めながら、一歩一歩前に進んで行く他はないようである。
自分自身の中で時を刻む時計と命をカウントするリミッターは別。世の中の大部分の人間は、両者別々のまま人生を歩み、リミッターが最期の時を刻む頃、自身の時計には何も刻めぬまま幕を閉じる。
福生は幸運にも、自身の時計が時を刻むスピードがリミッターのそれを追い越している。常人より遥かに短いリミッターだが、それを追い越すスピードで人生に己の時を刻みこんできた。
創り話と豊かな嘘を夢に代える能力を手にいれてこそ、人間は輝き、目に映る真っ暗な世界に灯りをともす。林檎は、輝ける人間に近付くことで、迷い込んだ暗闇からの脱出方法を模索したかったのだ。
 今まで頼りにしていた灯はもうすぐ消える。次は林檎自身が恒星のように輝かなければならない。その為にこそ、林檎は福生を病室から連れ去る決意をし、行動に移す。
病院側の御事情と福生の幸せは別物である。林檎にとって、福生の幸せと林檎の幸せは100%一致する。林檎の愛情は過不足なく福生の喜びに直結する。林檎の暴走を止める者は誰もいない。当事者の福生ですら、もはや意見できる力など残っていない。
林檎は、あろうことか、あの新也を同犯者に加え、余命わずかの福生を病室から連れ出す。福生を乗せた車は、運転席に新也、助手席に林檎を乗せて、いま高速道路のゲートをくぐろうとしている。福生の映画が上映される映画祭開催を一週間後に控えた、ある夜の出来事である。
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