七色の空
チャプター88
「はッぴぃエンド」
〜つづき2

作中にこんな描写がある。
 どこまでも駆けて行く少女の姿。
 現実世界で林檎が福生を追って走り抜けた姿と同様に、しばらくさぼらせていた筋肉を精一杯躍動させて、美しい少女が走る姿に福生はこの上ない憧れを抱いていた。
福生は届きそうな気がしていた。思いはいつか形を変えて福生に届きそうな気がしていた。それは悲しい片想いである。手に入らないものを手に入れようとする時、人はあまりにも巧みで繊細に妥協し、自分の心を傷付けないよう目を反らす。そして、時間という万能薬が、あたかも綺麗に傷口を塞ぐのだろう。
作中で少女が全速力で走るのは、少女の一番大切な人に、その時、少しでも早くたどり着きたいと少女が望んだからだ。
その少女は、福生の母親。母親の少女時代を、福生は虚ろな空想を頼りに描いてみる。
少女は美しく、歳はまだ16。しかし、お腹には赤ん坊がいる。赤ん坊の父親を追って街を駆け抜ける。
街のはずれには小高い丘があり、頂上には公園がある。街を一望できる公園のブランコが風に揺れている。少女の鼓動と風のリズムがメロディを奏でると、赤ん坊の父親を乗せた飛行機が、真っ青な空を斜めに横切る。その飛行機を丘の上から見送る為に、少女は走るのだ。
丘の上から見渡す目の前のキャンバスは、全て空に描かれ、ブルーのキャンバスを、遠くに小さく見える飛行機があまりにもゆっくり斜めに横切ってゆく。それが少女にとって始めての別れだった。16にもなれば、大なり小なり節目節目で別れと呼ばれるものは通ってきている。しかし、この時の別れは、それまでの別れとは性質の全く違うもの。メジャーコードがマイナーコードに変化するような別れであった。
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