七色の空
七色の空


チャプター1
「木から堕ちた林檎」
下北沢に小さな映画館があるのをご存知だろうか?その日はオールナイト上映のある土曜日の夜ひと気は殆んどないが劇場の表は仄かな照明が灯っている。 日付が日曜日の17日にかわった早朝の4:30頃、その小さな映画館から数人の客が劇場のある建物2階から階段を降りてくるのが見える。しばらくして先程の客に取り残されるように、劇場スタッフにおぶられて階段を降りてくる20代くらいの若者。立川福生である。おぶるスタッフとは顔馴染みのようで楽しそうに会話などしている。見終わった映画の感想もろもろのよう。よく見ると階下にある上映スケジュールの貼られた掲示板の柱には車椅子が施錠して停めてある。この車椅子に、親切なスタッフに乗せてもらった福生は深くお辞儀すると、手を降るスタッフに背を向け、まだ動き出さない下北沢の街の中へ車椅子を転がしていく。 時期は夏である。早朝とはいえ日の出は早く、薄暗いといった程度で夏の朝の少し涼しい風が心地よさそうな朝の風景。福生は店の立ち並ぶ通りから外れたひと気のない住宅地の脇の路地を進んでいく。その先に自宅があるのか、少なくともそれほど下北沢の映画館から離れたところに住まいがあるわけではなさそうだ。福生が進む路地の先に比較的広い川が流れている。橋の下は河川敷の小さなグランドなどもあり、朝早くから犬の散歩をする人の姿がある。
福生の目の先には橋があるわけだが、明らかに橋の中央に女性が不自然に立っている。まるで影を持たないようなその立たず舞いは、福生が嫌なものを予感するにはたやすかった。福生の車椅子を転がす手の動きは自然と早くなり、みるみるうちにその女性は橋桁に足をかけはじめる。福生は声を出すことも忘れている。福生の目の前の光景は悲しい人生を背負った女の身投げに他ならない。
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