七色の空
「もぉ泣かないでつづき4」

林檎は走る、
走る、
走る。
あなたは最近、美しい女性が優雅に全速力で走る姿を観た記憶ありますか?
きっと最も新しい記憶でさえ、学生時代に文武両道を地でゆく成績優秀才色兼美な可愛いあの娘が、運動会の代表リレーで、あなたの目の前を駆け抜けていく姿まで遡ることだろう。
 髪をなびかせ、君の汗は涙より美しい。
その瞬間、林檎は今の時代を全速力で駆け抜けてゆく。AV女優になってからも、僕達もてない男のなかを全速力で通り過ぎていってもらいたいものである。余談である。
林檎が井の頭公園の改札出口についた時には、降車客はすっかり散らばり、まばらになっている。林檎は福生がココで降りたと確信していた。それは根拠のない確信。林檎には冷静な判断などもはや皆無である。急行は井の頭公園駅ではとまらない。自分も来る時には、ちゃんと各駅停車に乗っていた。必死に辺りを見渡し、福生を探す今の林檎は、恐縮ながら残念な女である。
改札の柵に身を乗り出してみたところで、駅構内に福生はいない。公園の入口から中へ入っていった人ゴミの中にも松葉杖や車椅子の姿は見当たらない。
息を荒げながら美しい女性は立ち尽くす。今にも飛び出しそうなくらい心臓は鼓動する。心臓とハートの位置が違うことを、林檎はこの歳になって初めて知る。飛び出しそうな心臓と押し潰されそうなハートが同時に存在しているではないか。ハートが押し潰されて、飽和した涙が瞳から溢れ出しそうになった時、聞き覚えのある声がした、
 「りんご?」
 奇跡は必然に起こるのである。その日は夏休みということもあり、臨時運行で急行が井の頭公園駅で停車していた。
< 34 / 123 >

この作品をシェア

pagetop