惑わす誘惑。
私はそのまま、自販機へ向かった。
何を飲もうかと考えながら、私はポーチから財布を取りだす。その時にほんの少しだけ見えたそれに、気づかない振りをして。
買ったばかりの缶コーヒーを手に、私は二つある扉の左へと足を踏み入れた。そして、椅子へ腰を下ろした。
「...お疲れ様、楓さん」
そう言って優しく微笑む彼がいた。
「...ありがとう」
そう返せば、彼は"いーえ"とまた笑った。
彼の笑顔は私の疲れを癒してくれる。
「最近はよく、楓さんと会えて嬉しいな。」
そんなことを言われては、さすがに照れてしまう。私は"そうだね"と動揺を隠すようにコーヒーを一口飲んだ。
「...けど、あんまり元気ないね?」
なんて彼は急に真剣な顔をした。
「...そんなこと...」
「なくないでしょ」
そう言ってじっと見つめられる。
「...どんな理由があったとしても、楓さんがオレを選んでくれて、オレは嬉しいよ。」
そう言われて、勝手な罪悪感を覚えた。
"彼を選んだのは、彼は私を癒してくれる"からそう思うのに、心がそれを嘘だと言っている気がした。
「...私、そろそろ戻るね」
そう言って私は立ち上がり、そこから出た。そこで缶をゴミ箱へと落とし、来た方へと戻ろうと振り返った。