惑わす誘惑。


私はそのまま、自販機へ向かった。

何を飲もうかと考えながら、私はポーチから財布を取りだす。その時にほんの少しだけ見えたそれに、気づかない振りをして。


買ったばかりの缶コーヒーを手に、私は二つある扉の左へと足を踏み入れた。そして、椅子へ腰を下ろした。

「...お疲れ様、楓さん」

そう言って優しく微笑む彼がいた。


「...ありがとう」

そう返せば、彼は"いーえ"とまた笑った。
彼の笑顔は私の疲れを癒してくれる。

「最近はよく、楓さんと会えて嬉しいな。」

そんなことを言われては、さすがに照れてしまう。私は"そうだね"と動揺を隠すようにコーヒーを一口飲んだ。


「...けど、あんまり元気ないね?」

なんて彼は急に真剣な顔をした。

「...そんなこと...」

「なくないでしょ」

そう言ってじっと見つめられる。


「...どんな理由があったとしても、楓さんがオレを選んでくれて、オレは嬉しいよ。」

そう言われて、勝手な罪悪感を覚えた。

"彼を選んだのは、彼は私を癒してくれる"からそう思うのに、心がそれを嘘だと言っている気がした。

「...私、そろそろ戻るね」

そう言って私は立ち上がり、そこから出た。そこで缶をゴミ箱へと落とし、来た方へと戻ろうと振り返った。


< 2 / 4 >

この作品をシェア

pagetop