笑顔の向こうに。
ーーーーどうした?なんかあった?
「何か無くっちゃここに来ては行けないの?」
いつもと変わらぬクールな顔の彼が私を迎え入れてくれる。
私は仕事に行き詰まったり疲れたりすると彼のいるここへとついやって来てしまうのだ。
ーーーなに、今夜は随分と突っかかるね。質の悪いクレームでも受けた?
彼はそう言うと私の顔を覗き込む。
「……っ、近いって。」
ーーーまた、泣いたの?涙の跡がある。
「泣いてないって……ちょっと寝不足気味であくびを沢山しただけよ。」
ーーーーふうん、あくび、ね。
「な、なによ。」
どうも彼を前にすると全てを見透かされているようで三十路女もしどろもどろになってしまう。
ーーー無理すんなんよ。
「えっ?」
ーーーーだから、俺の前にいる時くらい無理すんなって言ってんの。
そう言ってじっと見つめてくる彼を私も負けじと見つめ返す。
今夜の私はいつもより強気だ。
来月から室長代理として働くという事でいつもより気が張っているのかもしれない。
けれどその次の彼の言葉に立場は一瞬で逆転してしまう。
ーーーお前はよくやってるよ。その事を俺はよく知っている。どうしてなのか分かるか?
急な彼の問い掛けに上手く言葉が出てこなくてただ彼をじっと見つめ返す。
一瞬にして空気が変わった気がした。
その先に続く彼の言葉を早く聞きたい様な、今この場に漂い始めたばかりの甘い空気をまだまだ感じていたいような…。
「どう、してなの……?」
ーーーー俺はいつだってお前だけを見ているから。
「私……だけを……?」
ーーーそっ、俺の瞳にはお前しか映さない。俺の瞳はいつだってお前だけを映している。
「それって……どういう意味?」
ーーーー言葉にしなきゃ分かんないか?
目の前の彼との距離がゆっくりと縮まっていく。
ーーーーこれでも分かんない?
彼のその言葉に私はゆっくりと目を閉じた。