やむにやまれず雨やどり


笹原さんとは同じ課ではないけれど、新人研修でお世話になったことはある。


サイアクだった……地獄のマラソン大会。



体力の問題じゃない。

場所が、牛久(うしく)だったのが問題だ。




ご存じ、牛久?

大仏で有名な、あの牛久。




小さい頃から「巨大建造物」と「突発音」が苦手だった。

空のひろーい場所だと、余計に恐怖が倍増する。


笑われるのを覚悟で耳をふさぎ、ピストルの音で動き出した周囲に合わせてスタートを切った。



だ、大仏が、大仏が怖い……

こればっかりは、目をふさいで走るわけにはいかない。


「ひゃあっ、ハァハァ、ひっ!ハァハァ」


どこを走っても視界に入る巨大な仏像。

黒部ダムも瀬戸大橋もスカイツリーも見たくない私が、平気なはずがない。


「ひっっひっひっっっ」


とうとう呼吸がおかしくなってきて、道端にしゃがみこんだ。

そこを脱落者回収係の笹原さんに見つけられた。



「もう無理かーっ!?」



野球監督のような声。

目線を上げると、大仏よりは小ぶりな……のハズなんだけど、



近づいてくる……


近づいて………


近づ……



そこに、巨体がそびえ立っていた。



ひぃぃぃぃっっ……!



巨体が雷を落としてきた。


「返事はあっ!?」

「ハハ、ハ、ハハ、ハイッッ!」

「もう無理なのかって……おいっ!?」


弾かれるように立ち上がり、力の限り逃げ出した。



「顔色ワルいぞっ!!」




背後から聴こえてくる声を振り払うように走り抜けた。

このマラソンでリタイヤした新人は、工場勤務になったらしい。

ウワサだけど。


牛久市民のハラの座り方、ハンパないっす……



配属先で笹原さんの姿を見た時、真面目な自分を呪った。

ああ、リタイヤして工場行けば良かった!



なのに同期の女子はキャイキャイしながら、

「うっそぉ、笹原さんがいるぅ。超ラッキーなんですけど~!」

「羨ましすぎる!飲みあったらマジで呼んでよお!?」



ええええええ!?

ど、どういう趣味してんの!?


このストレス社会、必要なのは癒しデショ!

カワイイほうが、絶対いいじゃん。

なんだって、あんなマイナスイオンの出ない巨木みたいなのがいいんだろ?



私は断固、ミニ盆栽がいい。

日本は狭いんだ、我が家はもっと狭いんだっ。

見なさいッ、この茶の間の狭さをッ!



笹原さんの声で我に返った。


「しかし、都内に一軒家なんてスゴイね」

「はぁ」


葛飾は都内だけど、都会ではありません……


「ご両親は?」

「父は区役所勤務で、母は温泉に……」

「ああ、そうなんだ」

「今日、帰って来る……みたいな、ことは、その、言ってはいても、こんな……ええ……」



__交通マヒできょうはけれない__


さっき、母さんからメールが来た。
「帰れない」って打ちたかったらしい。


父さんは、河川の管理に関わる部署にいる。
帰ってこれるハズがない。


でもそんなこと言えない……

そんなこと言った瞬間、ただでさえ『ビミョーーーー』なこの空気が、さらに張りつめる気がする。


テレビはあらかたニュースを伝えきって、激盛り定食の特集が始まった。



「清水さん、好きな芸能人てダレ?」

「わ、わたし、ですか?」

「うん」



い、言いたくないよ!
会社のヒトには、誰にも言ってないんだよー!


「そ、そうですね。あのぉ特にあのぉ」

「誰だよ」


でもセンパイ怖いよー!

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