陰なる閃刃
男の心臓が早鐘を打つ。

戦慄が走り、全身から冷や汗が滴る。

声がするまで、人の気配をまったく感じなかった彼は、焦った。

これほど見事に気配を消せるのは、よほどの達人にちがいない。

男を驚かせたのは、それだけではなかった。

眠っていたはずの女中が、バッと布団を跳ね上げる。

彼女は瞬時に赤子を抱きかかえ、声のした達人の方へ低い姿勢で飛んで行く。

ふつうの女の動きではない。

その二人の間で、言葉が交わされる。


「おせん、ご苦労」

「はい」


今回の企みは、完全に読まれていた。

佐々本家の後継ぎとなる産まれて三ヵ月の赤子は、佐々本家にとっては生きた『家宝』と言えるだろう。


男の頭が混乱する。

読まれた企み。

目の前にいる初老の達人。

その傍にいる、赤子を抱いた若い女。

(こんなはずでは…)

思わぬ誤算に、目眩がしそうになる。


< 27 / 77 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop