陰なる閃刃
(あの達人は誰だ?)

その人物が柳生兵庫助利巌であることを、男は知るよしもない。

利巌の左手が、刀の鞘にかかる。

そして、布団を前にして足を左に進めながら問いかける。


「おぬしは何者だ」


男も左に動くが、その声には答えない。

お互いが、ゆっくりと左へ歩を進める。

赤子を抱いたおせんも、利巌に寄り添うように付いてゆく。

布団をはさんで利巌と向き合う男は、となりの部屋を仕きる襖のところまで来る。

男の頭にあるのは、この危機的状況から、いかにして逃げるかだ。

幸い、となりの部屋に人気はない。

佐々本夫妻は、安全な別の部屋にいるようだ。

(何とかなりそうだ)

静かに伸ばす左手の指が、襖に触れようとした、そのとき


「!?」


男は襖に触れぬまま、引き返すように必死で横へ飛んだ。

その直後、襖がタンッと開く。

若い剣士が姿を見せる。


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