身代わり王妃の恋愛録
結局私と陛下が寝台から出たのは10時を回ってから。
そのあとはいつも通り各自の部屋で準備を整えて共同の部屋に集合する。
今日は寒い。昨日より念入りに寒さ対策をする。すでに外は白銀で、未だ降り続く雪はしばらく止みそうにない。
私の母国は北国だから、私自身寒さに強い方だと思うけど、だからと言って寒さを感じないわけではないので防寒は大事。いつもは一つに束ねる髪は下ろしたままにしとく。首を冷やすのは良くない。
当然、マフラーも忘れない。なけなしのお金で買った大事な防寒具だ。少し良いものを買ったせいで、残額はもうほとんどない。
「…い」
そういえば再来週には聖夜祭という国あげてのお祭りがある。そのさらに次の週は、異性に想いを伝える日…セントアダムの日があるし…。
「…い…」
そういえば当代国王つまり陛下だけど…の誕生日“聖クレイティアの日”も来週だ。
どれもこれも私の母国にはない、この国独特のお祭りだ。詰め込み過ぎ感は否めないけど、長きにわたる歴史の産物だからそれも致し方ない。でもやっぱり、今月はイベント盛りだくさんだ。イベントを楽しむにはそれなりにお金も必要になる。
「うぅーん…やっぱり、あれっぽっちじゃ…寂しいよねぇ…」
「おい」
「ふあっ!」
肩を叩かれ、振り返った私を見下ろしていたのは、当然だが陛下だ。私を迎えに来てくれる時と同じ格好…ワイシャツ、ズボン、編み上げのブーツ、長めのマント…簡素な格好だけど、この人に死角はない。今日も完璧です。キラキラオーラが半端ないです。超綺麗です。
「い、いるなら声かけてよ。ビックリするっ!奇声を発しちゃったし!」
「…先ほどから声をかけていた。奇声は今更だろう。で、今日の予定は何だ?バイトに行くには遅い気がするが…」
「うん。バイトは明日。10時に集合かかってる。今日の予定はまだ決めてない。何かあるの?」
「そろそろ、“妃”を皆にお披露目しなければならない」
お披露目、それは決して喜ばしいものではない。王妃やお姫様を見る貴族の目なんて皆同じだ。心からの祝福なんていくつあるのやら。
考えなくてもわかる。こんな、見目麗しくて若い“デキる国王”の王妃…それがどんな扱いをされるかなんて。
女性の嫉妬がどれほど恐ろしいものなのか、私は知っている。
お披露目なんて、ろくな事にならないのが目に見えてる。もちろん、ちゃんと笑顔振りまいてくるけどねっ!
ミレイのためにも、“私たち超愛し合ってるんですー”みたいなラブラブオーラ出してきちゃうもんね!“つけいる隙なんてないよー”って見せつけてやるんだから!
少しでも王妃様の椅子を磐石なものにしなくては。
「きいているか…?…ニヤニヤしてどうした?」
ちなみに正式な婚儀は来月の予定だ。陛下のお父様…つまり先代国王陛下が亡くなったのが三年前の今月。
亡くなった月に婚儀を挙げるのはどうかという理由から、婚儀は来月に延期されたのだ。つまり私が、陛下と神様の前で永遠の誓いをする必要はない。そこだけは一安心である。
お披露目だけだという安心感があるから、私は頑張れる。
「おい、聞いていたか?」
陛下が私の肩を掴んだ。痛くはないけど、声がいつもより若干低い。どうやら私が1人で考え込んでいる間に陛下は何かを話していたらしい。
「ごめん。聞いてなかった。けど…演技なら任せて?」
内心を飲み込んで胸を張って言った私に、陛下は小さく息を吐いた。
「…そうではない。ドレスだ。しっかり寸法を測って、お前のドレスを1から作らないといけない」
「…ミレイのがあるよ?」
ミレイの方が痩せてるからお腹周りとかちょっときついかもだけどねっ!死ぬ気で凹まさないと入らないかもだけどねっ!
…なんて、悔しいから絶対言わない。余裕の笑みを浮かべてお腹を凹ましてドレスを着てやる…。
ええ、どうせ私はミレイよりお腹周りの肉が多いですとも!死ぬ気で凹まさないと入りませんとも!
「作ると言ったら作る。…行くか…作りに」
最後の言葉は、私の耳に届くか届かないかくらいの小さな声だった。
私に尋ねているような、けれど決定事項のような、そんな含みを持ったそれを私が喜ばないはずがない。
きっと陛下は、お城に商人を招き入れるより城下に出て店をまわる方が楽しいだろうと気を遣ってくれたのだ。私を正式に外に連れ出す名目を作ってくれたのだ。
まあ、いつも非公式に外に出てるけど。
「ありがとう」
嬉々として言う私に対し、陛下はまた小さく息を吐いた。
「…今日は堂々と門から出る。名目は城下の“視察”だ」
陛下はそう言って私に手を差し出す。
いつもとは違い、“私”と“アルフレッド様”ではなく、“国王”と“王妃”として外に出るわけだから、陛下の行動は当然。私はできるだけお淑やかに陛下の手をとる。
「よろしくお願い致します」
私の声に、行動に、陛下はわざとらしく眉を顰めた。
「見目だけは淑女だな」
「きかなかったことにしてあげる!何てったって私は今、とっても気分が良いからね!」
“ほらやっぱり淑女じゃない”そんな顔で陛下は私を見ていた。それもさらっとスルーして、私は陛下に預けた左手に少しだけ力を込めた。