身代わり王妃の恋愛録
堂々と城門を通って外に出た私と陛下はすぐさま乗り合いの馬車に乗り込んだ。
数頭の馬が引く乗り合いの馬車は、賃金を払えば誰でも乗れる結構大きな馬車だ。制限はあるけど結構な人数が乗れて、当然ながら席も多い。手すりもついてるから、席が埋まっても何人かは乗れる。ただし立つのが条件だけど。
私と陛下が乗り込んだ馬車は席が一つしか空いてなかった。
まさか国王様を立たせるわけにはいかないだろう。そう思った私は陛下に勧める。
「へい…アル、さん、どうぞ?」
陛下はちらっと私を一瞥すると、小さく息を吐いて目を閉じた。
「…良いから」
陛下は私の提案を却下すると私をその席に座らせる。可愛らしい感じのお嬢さんならまだしも、私なんかに…。本当に良いのだろうか。
と、いうか私が気まずい。陛下を立たせるなんて。
しかもやけに注目を浴びてる。陛下綺麗だもんね。
「ご、ごめんね…。どのくらいで着くの?」
「20分くらいだ。気にしなくて良い」
紳士だ。陛下の中で当たり前のことをしたのかもしれないけど、紳士だ。
オカンで、照れ屋で、無愛想で、無表情で、嫌味が多くて、けど優しくて気遣いが上手で、女子力が高くて、、そして紳士だ。
この人、いろいろ兼ね揃え過ぎだ。
「…人の顔を見つめるのは趣味か?」
陛下が呆れた顔で私を見下ろしている。どうやら私は、また陛下の顔をじっと見ていたらしい。
「いくらなんでも趣味じゃないし。アル、さんだから見ちゃうし、アルさん相手だから隙ができると言いますか…」
そこまで言った私は気付く。先ほどまでガヤガヤと騒がしかった馬車が今はシーンとしていることに。
おそるおそる周りを見回すと、全員が全員こっちを見ている。頬を赤らめたり、生温かい視線をこちらによこしながら。
「はぁ…お前は時と場所を考えろ」
陛下が不機嫌そうに前髪を掻き上げながらそう言う。なんて恥ずかしい。穴があったらではなく、もう掘ってでも良いから入りたい。
「うぅ…」
顔が熱い。まだしばらく馬車に乗っていないといけないのに…。
「素敵なご夫婦ねぇ」
優しい声とともに落ちてきたとんでもない言葉。私は思わず絶句して見上げた。
陛下の隣にはちょうど今乗ってきたらしい女性が立っている。結構なお年だろうか。
私はすぐに席を立ち、ご老人の隣に立った。
「もしよろしければどうぞ。お座り下さい。私たち、すぐに降りますから」
「まぁまぁ。ごめんなさいね、ありがとう」
頭を下げてそう言ったご老人は、真正面の陛下に微笑む。
「素敵な奥様ですね」
なんの羞恥プレイだろう、これ。大したことしてないのに。奥様じゃないのに。
義兄です!この人は義兄ですよー!
沈黙が辛い。陛下、なんか言って。
寝相が悪くて、品がなくて、髪も自分で乾かせない、じゃじゃ馬娘だと愚痴っちゃってください。
こんな恥ずかしいなら、この生温かい視線をなんとかできるなら、この場で盛大に貶してください。別にマゾじゃないけど!同じ恥ずかしいならそっちのほうが幾分か良い。
もう既に、こんな公衆の面前で、ノロけたっぽくなってるし。この“新婚ご夫婦、ごちそうさま”みたいな雰囲気を何とかして。
「そうですね。自慢の妻です」
陛下は盛大に私の期待を裏切った。いつもとは違うよそいきの声で、いつもとは違う作り笑顔を浮かべて、陛下はそう言った。
周りからは“ヒューヒュー”なんて声が上がる。
“なんてことをしてくれちゃってんだ!”そんな気持ちを込めて横目で陛下を睨むと、陛下は冷ややかな目をこちらに向けた。
そしておもむろに私の手をとると、“降ります”と声をあげて馬車から降りた。