身代わり王妃の恋愛録

馬車に乗ってからたった10分しか経ってない。予定よりもずっと短い時間しか乗ってなかったけど良かったのだろうか。

セレストの王都、ベルチェリーは水の都と呼ばれるほどに美しい街並みが特徴で、観光名所としても有名。馬車や歩行者が通る道もしっかり整備はされているが、主な移動手段は舟。町中に水路が張り巡らされており、皆小舟に乗って移動をする。

水路があり、煉瓦造りの美しい建物が並ぶここは、間違いなく王都だ。けどきっと、ここは目的地ではない。人通りは少ないし、それらしいお店があるわけではないから。

「ア、アル、さん」

いつも“陛下”と呼ぶ私には陛下を名前で呼ぶというのはかなりハードルが高い。自分でもぎこちないのがよくわかる。けどここで陛下と呼ぶわけにはいかないのだ。

どうしてこんなところで降りたの?そう聞こうとして言葉をグッと飲み込む。どう考えても私のせいだ。

先ほどは気が動転して気づかなかったけど、誰が聞いているかわからないあの場で“夫婦じゃありません”だなんて言える訳がない。

それが分かってるから、私も陛下を外では陛下と呼ばないのだ。

「…予定より早く降りたな。少し歩くが歩けるか…いや、この質問は愚問だな。歩くぞ」

陛下は私の手をそっと取ると歩き出す。

歩くのは一向に構わないけども。愚問ってなんだ。それはあれか、当然歩けると言いたいのか。そりゃ、歩けるけども!体力には自信あるけども!何十キロだろうと歩くけど!なんで確信してんの!

妙に腑に落ちない。どういう意味だ。

こんな風に疑ってかかるのは可愛くないし、考えすぎだろうけど!どう考えたって私のせいだし、私が悪いけどっ!腑に落ちない。

「…ああ、別に嫌味じゃない。たかが十数分でも歩けない者は歩けないからな」

足を止め、振り返ってフォローを入れる陛下に、私は唖然とする。

「…なんで分かったの?」

心を読まれたのだろうか。ポーカーフェイスには自信があるのに…。と、いうか陛下は私の顔なんて見てなかったのに。

「…さあな」

陛下は素っ気なくいうと私の手を引いて再度歩き出す。

ただでさえ陛下は私という害悪が来てから振り回されて疲れてるのに。私が注目を浴びたせいで(注目の2割くらいは陛下が美しすぎるからだと思うけどっ!)歩く羽目になってしまった。

本当に申し訳ない。

「ごめんなさい…」

「…なんだ?疲れたか?」

「ううん。体力は有り余ってる。今ならアルさんを抱きかかえて王都一周できるよ」

私の冗談に、陛下は盛大に顔をしかめて見せた。冗談なのに。

「あの、冗談だからね?」

「知ってる」

「なんでもないの。ただ、アルさんの生活を乱してることは自覚してます…。ごめんなさい」

そう言って私は陛下に置いて行かれないように一歩後ろを歩く。

隣を歩けるのはミレイの特権だもんね。

「…寒くないか?」

そういえば、と付け加えて陛下は足を止める。

朝から降っている雪はいつの間にか小降りになっている。この辺はもう雪かきがしてあって靴が濡れることもない。寒さ対策もバッチリだ。

「…アルさん、寒いの?私の体温、そんなに高くないよ?」

私はそう言いながら陛下を見上げる。陛下は寒いのが苦手らしいから風邪引かないか心配だ。

私で良いなら湯たんぽ代わりくらいにはなるよ。穀潰しの下っ端王妃だもん。せめて冷たい風から、陛下の盾になって守るくらいはしてみせますとも!

意気込む私をよそに陛下は呆れた目で私を見ている。けど、諦めたようにため息を吐くと私の腕を引っ張った。

「…誰もお前で暖をとろうなどと考えていない…だが一歩後ろを歩くのは止めろ。歩きにくい」

まあ、手を繋いでるわけだから当然だよね。あ、ちなみに私は陛下の手を掴んでない。陛下が一方的に私の手を掴んでいる。歩きにくいよね、そりゃ。

「ごめんなさい。ちゃんと隣を歩くね」

そういえば陛下は私より断然脚が長いのに、歩くスピードは私と変わらない。

黙って歩くスピードを合わせてくれる陛下、本当に紳士です。
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