身代わり王妃の恋愛録
バサッと音を立て、上体を起こした国王はうまく働いてくれない脳を何とか回転させ、自分がどのような状況だったのかを理解した。
かなり久しぶりに高熱を出して寝込んだらしい。
けれどあまり詳しく状況がわからない。唯一わかることがあるとすればそれは
「…ずっと側についていてくれたのか」
傍で眠る少女が自分を看病してくれていた、ということくらいだ。
冷たくて甘い何かを食べさせられたような感じも、唇に柔らかい感触を感じた後喉がスーッと冷えて気持ちが良いと感じたことも…おそらく夢ではないのだろう。
まだ熱はある。それでも朝よりは身体は軽いし、頭痛も悪寒もひどくはない。
それよりも心配なのは少女のことだ。少女が必要以上に責任を感じたであろうことは容易に想像できる。
無鉄砲で無遠慮に見えて、人の心に敏く、なんだかんだで自分のことを後回しにしてしまう彼女のことだ。きっと相当思いつめているだろう。
「…悪いことしたな」
風邪を引いたのは少女のせいではない。完全に自己責任だ。
「おい…」
時計を確認すれば夜の7時を回っている。何時から寝ているかは知らないが、少女は夕食をとっても良い時間だ。
「…起きろ…」
「う…。もう…後1試合…」
どうやら夢の中らしい。
あまりにも無邪気なその様子に、国王の口元が少しだけ緩む。
この少女は初めて会った時からそうだった。他人の領域にズバズバ入って来て、心の中をかき乱す。かと思えば自分は線を引いて他人からは干渉されないように一歩下がっている。こちらが容易に近づけばすぐに引っ込んでしまう。
「仕方ないな。もう1試合だけだ」
面白くなった国王は気まぐれに少女の耳元でそう囁いてみた。
すると少女は嬉しそうに口元を緩めて言った。
「うん。もし私が負けたらとっておきのスーパーアップルパイ、作ってあげる!」
寝言とはいえハッキリそう言った少女に国王は目を見開いた。
「…やはり…お前は…」
国王の呟きは静かな部屋に消え、少女はゆっくりと両目を開いた。