身代わり王妃の恋愛録
夜ご飯は部屋に軽食を持って来てもらって陛下と一緒に食べた。
陛下はリンゴのゼリーをペロリと平らげ、宣言通り自ら薬を飲んだ。
「ごちそうさま」
陛下はご丁寧に私にそう言ってくれる。別に大したものを作ったわけじゃないのに。本当はお粥とか作りたかった。けれどこの国ではお米はほとんど食べない。主食は小麦粉系で、パンや麺類がほとんど。無理を言えばお米を手に入れることくらいそう難しくないと思うけど、非効率的だと断念した。
私は未だかつて風邪を引いたことがないから、セレストでは風邪を引いた時どんな食べ物を食べるのかわからない。
「…い」
ゼリーやプリンは食べやすいと思うけど、スープとかだろうか。セレストには住んでいたこともあるから文化とかはよく知っているつもりだったけど、まだまだなようだ。風邪の時に食べるものって一体…
「おい」
「ふあっ!」
後ろから肩を揺すられ、私はまたも奇声をあげた。淑女らしくないその奇声に自分でも呆れるばかりだ。
「…はぁ…。このやりとりは何回目だ。物思いに耽るのは結構だが返事はしろ」
「す、すみません…。で、ご用件は」
「湯浴みは良いのか?」
すでに時刻は9時をまわっている。いつもならとっくにお風呂を終え、ゆったりとした時間を過ごしている頃だ。
「入ります。…陛下は…何か拭くものを用意してもらう?」
「…ああ。頼む」
陛下にしては珍しく素直に頷く。
「背中は私におまかせください」
私はドンと胸を張る。実を言うと、初日に陛下に髪を乾かしてもらって以来、私は毎日陛下に髪を乾かしてもらっている。
なんだかんだ陛下は面倒見が良いのだ。文句言いながらも私のお世話をしてくれる。
だからたまには私も、そう思って立候補してみた。けれど陛下の目は冷たい。
「…ろくなこと考えていないだろう」
…失礼だ。
「…私が陛下の背中に興奮すると?」
「いや、そうではない。…日頃の仕返しを企んでいるのではと思った」
ああ、よかった。陛下の背中に興奮すると思われたわけじゃないらしい。
でもやっぱり、良くはない。
だって私が陛下に仕返しをするわけがないのだ。陛下には常日頃お世話になってる。お詫びやお礼をしたいと思いこそすれ、仕返しなんて考えるはずもない。
と、いうかそう言われるということは、私の感謝の気持ちは陛下にちゃんと伝わってないのだろう。何だか少し寂しい。
「…私は、陛下に感謝してるの。お礼とかお詫びのために頑張ろうとは思っても、仕返しをしようと企んだりはしない」
陛下には自分の気持ちをちゃんと伝えるようにしてる。誠実でいたいと思う。
けれど相手に全部伝わるかといえばそうでもない。
私の言葉は軽いのかもしれない。言いすぎると言葉の重みがなくなるのかもしれない。バランスって難しい。
「悪い。…そんな顔をさせるつもりはなかった」
陛下はそう言って私の顎に手を添えると、グイッと上を向かせた。
「悪かった」
そう言った陛下の瞳はすごくきれいだった。あまり喋らない分、陛下の瞳は雄弁に陛下の気持ちを物語ってくれる。
「仕方ない。許してあげよう」
照れ隠しにそう言って笑えば、陛下は小さく笑って私の額にデコピンを落とした。
「それはどうも」
悪ふざけをし合える大切な友人みたいな会話に、私は少し嬉しくなった。