身代わり王妃の恋愛録
*1st Day*
しばらくして現れた国王陛下は噂通り、いや、噂以上の美男子だった。
以前ミレイがセレストのアルフレッド陛下はとても見目麗しいのだと話していたことを思い出す。
なるほど、確かに。ミレイが一目惚れをするとしたらこういう人なんだろうと納得してしまうほどに陛下は綺麗な人だった。
私のよりも少し淡い金の髪は襟足でさらりと揺れ、同じ色の長いまつ毛に縁どられた目は切れ長で精悍な印象を受ける。シャンパンゴールドの瞳は冷たそうなのに引き込まれるような美しさを持っていた。
武術の達人だと聞いたことがあったけど、見る限り華奢で、線は決してがっちりしていない。隙がないのはさすがとしか言いようがないけど、ぱっと見は“超絶綺麗で儚げで目を離すと消えてしまいそうな男の人”だ。
芸術的な美はどこか冷たい印象を受ける。加えて色々と悪いうわさも聞いたことがあるので、油断はしない。けれど自分の目で見てみないと実際は分からない。きちんと判断したいと思う。
彼が一番関わることになるだろうから。
気合を入れて、私はまっすぐ国王陛下を見つめた。
私は形式通りに礼をとると、静かに微笑んでみせる。
「セレスト国国王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう。私はシャーレットの第二王女にございます。このような参上をいたしましたこと、お詫び申し上げます」
礼をとり、陛下の反応をうかがう。ミレイは第一王女だ。第二王女とは”私”のこと。初対面でミレイではないと言ってしまったわけだけれど、これは私の中で最初から決めていたことだった。
幸いなことにこの部屋は人払いがされていて私と国王陛下以外はいないし。防音加工が施されているであろうこの部屋の中の会話は外の人間には聞こえないだろうし。
私の自己紹介に、国王陛下は無表情のまま私を見つめるだけでうんともすんとも言わない。まあ、うんとかすんとか言われても困るけど。
少し間をあけた陛下はおもむろに口を開くと、当然ながら当然のことを私に問う。
「…隣国にはミレイという王女が一人だけいると記憶していたが?」
「うん。私は隠されて育ったその双子の妹です。怪我をした姉に代わって、一ヶ月間あなたの妃を演じるように命じられて参りました。妃の演技も公務もきちんと全うするけど……夜のお相手だけは勘弁してください。よろしくお願いします、陛下」
敢えて軽い口調で私は言った。厳格な王であれば首が飛ぶような物言いなのはもちろん自覚している。
「……双子の妹…。その存在は機密事項ではないのか?」
またも当然なことを聞いてくる彼に私は大きく頷いてみせる。
「そう……。私の存在はあの女王が隠したがってる秘密の一つ!でも私が隠してやる義理はないですし?まあ、広まるとミレイが大変な思いをするかもしれないから信用の置ける人にしか言わないようにはしてますが。それより聞いてください!事情を説明するので!」
私は身振り手振りを加えて自分の身に起こった悲しく面倒な出来事を説明した。要約すれば、ミレイがドジ踏んで怪我したけど婚約を先延ばしにするのは両国ともに好ましいことではないから私が代理を務めることになった、とそんなところ。
「…そなたは何故、余に秘密を話した?」
陛下は怪訝そうな顔で私を見ていた。その質問はごもっともだし、これが相手国の国王陛下に話して良いことかどうかは私にだってわかる。けれどもあのワガママ女王の理不尽な仕打ちに、少しばかり…とは言い難いけど復讐したいと思うのは当然だと思いたい。
「だって。いくら何でも無理があるでしょう?確かに一卵性だから外見は似てるしあなたを騙そうと思えば騙し切ることはできたと思います。けどそれがミレイとの新婚生活の歪みになるのは私としても避けたいところなのです。ミレイのことは好きだし、幸せになってほしい。あなたにはミレイに誠実でいてほしい……だからまず私があなたに誠実でいたい。それにほら?一ヶ月の間に私のお腹に赤ちゃんができないとも限らないでしょう?だからあなたにだけ本当のことを話しておきたいと思ったの」
にっこりと笑ってそう言い切る私だが彼は警戒を解かないようだ。何か思うところがあるのか、考え込むようにうつむいていた。もしかして私のあまりの無礼さにブチ切れてしまっているだろうか?
「…私がこれを口外すればどうなるか…わからないわけでもあるまい?」
どうやら切れてしまっているかも、というのは杞憂だったらしい。随分と寛容な王様なようだ。
「うん。でもほら。あの女王との約束は“シャーレットの王女がセレストの国王に嫁ぐこと”でしょう?どこにも第一王女だなんて書かれてない。つまり女王はそこを逃げ道にできると考えているんですよ。最悪、王女が双子だったことは露見しても良いんだと思います。まあそれは避けられるなら避けたいことでしょうけど」
「…なるほど?ではこちらがことを荒げるのは得策ではないのだな」
「そういうこと。でも私の姉がドジなばかりにごめんなさい。思っていたのと違う娘を一ヶ月とはいえ妃にするなんて嫌だよね。ごめんなさい」
深々と頭をさげだが私だが、顎を掴まれくいっと上を向かせられる。突然のことながら私の視線の先には陛下がいて、まっすぐ私を見ていた。
「気にする必要はない。ミレイとの結婚も、国のためであって、私個人の意思ではない。そなたが必要以上に責任を感じる必要はない。…余はそなたの正体について黙っておいても良いと思っている。だがそなたの演技が問題で妃になった娘がミレイではないことが露見されるようなことになるのはこちらとしても本意ではない。…そなたの演技力を信じて良いのか?」
「信じて。やりきってみせるから」
そう言い切った私に、陛下は小さく頷いた。
「ならこちらも全力でそなたの正体が露見されぬようサポートしよう」
陛下の言葉に、私は小さく微笑む。
良い人で良かった、そう思いながら私はゆっくりと頭を上げ、陛下に手を差し出した。
「これからよろしくね、アルフレッド陛下」
陛下は躊躇いつつも私の握手に応じてくれた。