身代わり王妃の恋愛録
*9th Day*

「ふぁあああ…」

辛うじて手で口元を押さえ、なんとか“女子力のあるあくび”をやってのけた私は、上体を起こして目をこする。

結局気まずさに耐えかねて王妃の寝室で就寝。結果、ただいま朝5時ジャスト。

自分の体内時計の正確さに、正直驚くしかない。

本当ならこの後陛下の部屋に挨拶をしに行くのだけれどなんだか気まずい。

私は普通に接すると決めた。だから今更よそよそしくなることはない。けれどなんだか気まずいのだ。どうしよう。

とりあえず寝衣を脱ぎ、昨日とは違うドレスに着替える。アルバイトは一週間お休み。お金もないし、陛下とも気まずい。

だからしばらくは部屋で大人しく刺繍でもしていよう。そう決めた私はいつもの私服には着替えず、軽めのドレスを探した。すぐに見つけた、全体が淡いブルーのAラインのそのドレスは軽い素材でできているらしく、私向きなように思えた。

元々少しだけウェーブのかかる髪はサイドを少しだけ編み込み、汚らしく見えないように流す。当然気持ちばかりのお化粧もする。

「すごい、ミレイに見える!」

鏡に映る自分は本当にミレイのようだ。まあ、ミレイの方が手入れが行き届いてるし、スタイルも良いんだけどねっ!

鏡の前でくるくると回って確認していると、突然部屋にノックの音が響いた。

共同の寝室と繋がる扉らしい。

十中八九陛下だ。

そう思った私は本を持ってバルコニーに避難する。やっぱりまだ陛下には会いにくい。

幸い6時を回って明るくなってきたし、本は読める。寒いけど、我慢もできる。

バルコニーに出て、椅子に腰掛け、本を開く。部屋の中に陛下が入ってきたのがわかったけど、私はバルコニーにずっといた人を装う。

外は静かだった。本をめくる音がよく聞こえるほどに。

陛下はまだ私がバルコニーにいることに気づかないのだろう。

逃げたって意味はないことは分かる。むしろいないとわかれば陛下は私を探すに決まってる。

この行動になんの意味もない。どうせ陛下とは顔をあわせる。普通に会話もするだろう。

けれど一歩が踏み出せない。どんな顔で何て言えば良いのだろう。

「会いにくい、な…」

そう呟いた時、このバルコニーに人の気配を感じた。恐る恐る振り返れば、扉付近になんとも寒そうな格好の陛下が立っていた。

「へ、陛下っ!何やってるの。寒いでしょ。なんでそんなところに…」

寒いのは嫌いと言っていたのに。風邪をひいてたというのに。

私は急いで陛下のそばまで行き、見上げた。静かなベランダでは私の声はよく通る。私の声は聞こえたはずなのに陛下は無言で私を見つめるだけでうんともすんとも言わない。

「…おはよう、陛下?」

反応に困り、とりあえず陛下に手を振ってみる。我ながら馬鹿っぽい。

けれどいつまで経っても陛下は何も言わず、動きもしない。

ボーッとするのは結構だけど、挨拶が返ってこないのは正直気分が良いものではなくて…。

「おはよう、陛下っ!」

顔を近づけて睨みつけてそう言えば、陛下はハッとして顔をそらした。すごく気まずそうだ。

「おはよう…。悪い、少し惚けていた」

陛下がちゃんと挨拶を返してくれたことにガッツポーズをしかける。けれどさすがにそれは堪え、陛下を見るとまだ顔をそらしている。耳が赤い。きっと相当寒いのだろう。

「もう…声をかけてくれれば良いのに。何で寒いのが苦手なくせに外でボーッとしてるの」

いつも通り普通に話せている自分に安堵しつつ、私は陛下の背を押して部屋に戻った。

“このドレスどう?”そう尋ねたいのを堪えてー。



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