身代わり王妃の恋愛録

結局、陛下のあの表情の理由がわからないまま、お昼の時間を迎えた。

執務室にこもってしまった陛下とは朝別れてから顔を合わせていない。

この後も予定はないし、はっきり言って憂鬱だ。本を持って中庭に出ようにもドレスで外に出るのは寒い。刺繍は飽きてしまったし、やっぱりお城にいるとやることが制限されすぎてつまらない。ミレイの代理じゃなければ好きなことをするのに。

思い切って陛下に会いに行くことも考えたけど冷たくあしらわれたら寂しい。結局名案が浮かばないままお昼を迎えてしまったわけだ。

毒味を終えた冷たいご飯を一人で食べる、まるで美味しく感じない。それなら露店で買ったサンドイッチを口いっぱいに頬張る方が幸せだ。そんなこと考えちゃうあたり、私は本当にお姫様に向いていないのだと思う。

ドレスを脱ぎ捨てて、孤児院に行こうかーそんな考えが頭をよぎった時、扉が開く音が響いた。

ここは国王と王妃の共同の部屋。ノックなしで入ってくるのは陛下しかいない。

癖なのかわざとなのか足音を一切立てず、まるで隠密のように陛下は昼食をとる私の前に現れた。

「…そうしていると淑女だな」

「…現れたと思ったら嫌味?どうせ中身はいつも通りですよー」

わざとらしくふんっと顔を背ける。けれどこれだ。これが普段通りの私と陛下で、私はこんな他愛のないやりとりが好きなのだ。

「どうしたの?ご飯はいらないって…」

私の言葉を遮るように、陛下はそっと私の前に来ると、今まさに食べようとしていたデザートの苺を横取りしてしまう。

「悪くないな」

親指で唇を拭う様が美し過ぎて思わず見惚れてしまう。けれどそんな愚かな自分に喝を入れ、私は陛下を睨みつけた。

「ちょっと!私の!お気に入りの!苺ちゃんに何てことをっ!食べ物の恨みは怖いんだよっ!楽しみに取っておいた最後の苺なのにっ!」

私は未だかつて自国で苺というものを食べたことがない。栽培されていないのか、育たないのか、詳しくは知らないけど見たことがないのだ。だからここで出る苺が嬉しかった。いつも味わって、そして農家のおじ様おば様に感謝を込めていただいている。

それなのに…。

「人のおかずを横取りするようなキャラじゃない癖にっ!突然何よっ」

らしくない。陛下はそんなことをするようなキャラじゃないのに。

私は相当怒っているというのに、陛下は楽しそうに笑っているだけで何の返事も返ってこない。

「ちょっと、聴いてる?」

「ふっ。…ああ、悪かった。お詫びに何かご馳走してやる。…苺タルトはどうだ?」

陛下はさほど甘いものが好きではなかったはず。三食必ずデザートをつけてもらう私とは逆で、陛下はデザートを全部断ってる。

そんな陛下が苺タルト。正直理解できない。そりゃ、私のバイト先ではアップルパイを食べていたけれども!その一度きりだし。てか、遊びに誘うなんて陛下のキャラじゃないし。

そう、キャラじゃない。

人のものを横取りして食べちゃったり、外に誘い出しちゃったり…そんなの陛下のキャラじゃない。

「ごめんなさい」

恐怖のあまり私は素直に頭を下げた。とくに何かをやらかした記憶はないけど。

「別に怒っていないが?」

怪訝そうな顔で陛下は私を睨んだ。

「だって、なんか様子が変だし…」

「…思うところがあるだけだ。…好きじゃなかったか?甘いものの中でも特にアップルパイと苺タルトが」

陛下の言うとおりだった。まだこの国ではあまり堪能できてないけど、私はアップルパイと苺タルトに目がない。

「っ…大好きです」

けれど食べ物につられたみたいになったのはやっぱり悔しくて。私の声は思っていたよりムッとしたものだった。

「なら温かい格好をして来い」

陛下はそう言って微笑んだ。その優しい笑顔に見惚れるのは許してほしい。本当に綺麗なのだ。

「う、うん。待っててね!すぐ来るから」

そう言うと私はその場で“ごちそうさまでした”と手を合わせ、急いで着替えに向かった。

…そういえば私、陛下にアップルパイと苺タルトが好きなこと、言ったっけ?

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