身代わり王妃の恋愛録
アリアだったんだ。
陛下の言葉で私はそう結論付けた。
アリアの作ったアップルパイを食べて、陛下の叔父つまり私の父は、スーパーアップルパイだと言ったのだ。
世界って狭い。要するに陛下の初恋の相手はアリアで、今でもアリアを想っているということではないか。
当事者ではないけど陛下のこともアリアのことも大好きな、ミレイの双子の妹である私はどうすれば良いのだろう。心なしか胸もズキズキするような気がするし。
「そう、なんだね」
ようやく絞り出した言葉はそんな言葉。一体どうすれば良いのだろう。
混乱極まる。とりあえず世間話に持ち込めば良いや。うん。そうしよう。
「アルさんの初恋の子はお菓子作りが得意なんだ。女の子らしいね」
ズキッと再び胸が疼く。けれど理由がわからない。私はそんな痛みを無視して陛下の反応を待った。
「…いや、女の子らしくはなかったな」
アリアー言われてるよー。
そう思いつつ、私は笑う。だって陛下の顔がすごく優しいのだ。きっと本当に大切に思っているのだろう。
「“もし…一人で生きないかないといけない日が訪れたら…手に職がないとやっていけないでしょ?”というのが口癖だった」
なんで堅実な子だろう。けど小さい頃からそんなことを言うなんて…可愛げはないな。って思ったけど、アリアだった。
美人、優しい、面倒見が良い。三拍子揃った彼女は子供の時分からサバサバしていた。猫目で、キリッとしてる印象だからかキツく見られがちだったけどしっかり者の良いお姉さんだったのだ。孤児院で育った彼女はしっかりしないと行けないと言い聞かせてきたのだと思う。可愛げが犠牲になってもそれは仕方のないことだろう。
なんでそんなことを考えつつ陛下を見れば、目を閉じていた。きっと昔のアリアを思い出しているのだろう。
「他には?どんな子だったの?」
自分の昔話を他人に知られるのは恥ずかしいけど人の昔話は聴きたい。そういうものだ。
「そうだな…。放浪癖があった」
少し違和感を覚える。私がアリアに出会ったのは6歳の時だから、アリアは10歳だったと思うけど、放浪癖なんてあっただろうか。まあ、私もずっとアリアと一緒にいたわけではないから知らないこともあったのだろう。10歳より前の話かもしれないし。
「…女の子、なんだよね?」
「…ああ」
「…可愛かった?」
私の質問に、陛下が言い淀む。直球すぎただろうか。そう思ったけど、陛下は優しげな笑みを浮かべて言った。
「…ああ。よく食べ、よく笑う…愛らしい子だった」
ああ。アリア、愛されてるなぁ。
「そっか…」
今日の陛下は饒舌だ。いつもはこんなに自分のことを話したりしないのに。
「…心配しなくて良い。子供の頃の話だ」
陛下は付け加えるようにそう言った。
私がミレイのことを案じていると思ったのだろうか。ミレイには幸せになって欲しいと思う。妹として、姉の幸せを祈ってはいる。
でも今は…。
「…私は陛下にこそ幸せになって欲しいよ?」
陛下は言った。自分は王だから国のために生きなければならないと。
けれどそれなら陛下の幸せはどこにあるのか。せめてお妃くらいは好きな人でも良いじゃないか。
「その子に…会いに行かないの?」
私の言葉に、陛下は少しだけ驚いたような反応をした。けれど困ったように笑うと小さく首を振って見せた。
「彼女はもう俺を覚えてはいない」
陛下はすごく寂しいことをさらっと言ってのけた。
よく分からないけどアリアは陛下との思い出を忘れちゃってるらしい。
アリアも罪な女だ。私ならこんな綺麗で優しい人、一生のうち一度でも会えば忘れないと思う。
「…悲しく、ないの?」
「少し寂しいとも思うが…過去のことだ。それに今が楽しいんでな」
ほんと、ずるい。私なんて陛下に甘えて、ついでに困らせるだけ。陛下には楽しいことなんてないだろうに。
けど。やっぱり陛下の言葉は嬉しい。私は単純な阿呆だ。線を引かないと引けないのに。陛下の言葉に一喜一憂して振り回されてる。
もう手遅れなくらいに私は陛下が大好きになってる。
頬が熱い。きっと赤くなってる。
可笑しいな。自分の気持ちを悟られないようにするのは得意だったはずなのに。陛下相手だと全然うまくいかない。
「アルさんって、私の心読めるでしょ?弄んでるんだ!」
恥ずかしさのあまり、つい冗談めいてそういえば陛下は笑った。
「お前は分かりやす過ぎる。隠すならもっとうまく隠せ」
陛下のデコピンが私の額を直撃する。
痛みよりも前に、私の記憶に何かが過ぎった気がした。
私は多分、このやりとりを昔誰かとしたことがある。そう確信した。