身代わり王妃の恋愛録
ーい…ろ。おい…起きろ
肩を揺すられ、耳元で叫ばれ、私は重い瞼を開ける。夕食を終え、夫婦共同の部屋とやらに私を残し、自由にしていて良いとだけ言っていなくなった陛下を、私は本を読みながら待っていたはずだ。なのにどうして陛下は私を見下ろしているのだろう。て、いうかなんで私は陛下を見上げる体勢になっているのだろう。
「陛下。おかえりなさい」
とりあえずそう言って微笑むも、陛下に視線を逸らされる。けどどこか気まずそうに、ただいま、と返してくれた。何だか嬉しい。
嬉しかったけど、陛下はおそらく自分から積極的に話すタイプではないのだろう。静寂が部屋を支配した。
私はただボーッと陛下を見つめ、陛下も私をしばらく見つめていたが、陛下の方が先に音を上げた。
「そんなところで寝るな」
そう言われて私は自分が床で寝ていたことに気づく。多分ソファで寝ていたはずなのに近くにソファらしきものはない。
「何で私、こんなところで寝てるの?」
「それはこちらのセリフだが?」
私の腕を引っ張り、立たせながら陛下は言った。その片手には何故だかタオルと櫛が握られている。
「一体どの世界に髪を乾かさずに寝る王妃がいるんだ」
私の髪に液体を含ませ、櫛を通しながら、陛下は私に言った。
何を言ってどう言い含めたのかは知らないが、私に専属の侍女はつけられていない。陛下に自分の身の回りのことができるか否かを尋ねられた際、できると答えたゆえの結果だろうが、交代する際に私付きの侍女がいるのといないのとでは、私の正体が露見されるリスクの大きさが違うと考えたのだろう。
当然自分のペースでゆっくり湯浴みに行けたし、行動もほとんど制限されない。
まあ、だから髪を乾かさずに寝るという芸当ができてしまい、それに対して陛下に呆れられてるわけだけれども。
「その王妃の髪を自ら乾かしてくれる王様がいるんだから少なくともどこかの世界にはいるんじゃない?」
陛下の皮肉に皮肉を返し、笑う。陛下は、減らず口が、なんて言いながらも丁寧に私の髪を梳いてくれる。口調とは裏腹にその手は優しい。
「陛下、上手……。慣れてるの?」
「…そんなことに慣れている国王がいると思うか?」
「とても気持ち良いんだもん。陛下器用!」
「褒めらても明日はやらない」
「あ。ねえ、じゃあ今日は私がお礼に陛下の髪を梳いてあげる。それでおあいこってことにしましょう!」
「…長さが違いすぎる。そなたの言うおあいことやらにはならないのではないか?」
そういって私の髪を乾かし終えた陛下は満足そうに私の髪に触れた。その目が優しいような気がするのは自惚れだろうか。
でもやっぱり陛下は良い人だ。この人となら一ヶ月間やっていけそうだと改めて思う。
「ありがとう、陛下。お手数をおかけしました!…陛下も湯浴みに行ってきたら?」
「もう済ませた。よく見ろ。もう0時を回っている。正確にはもう1時だ」
「あれ?あ。本当だ…寝られるかな?」
「頼むから、起こすなよ?」
そういって陛下は、大の大人三人が余裕で寝られるであろう広さの寝台に身体を滑らせた。
一番奥まで行ってくれたのは私に対する気遣いだろう。
私も寝台の端っこに自らの身体を滑らせた。
「お休みなさい、陛下」
案外おやすみなさいと言える相手がいるのは良いものだなー、なんて感じながら、私は陛下に背を向ける。
残念ながら陛下の返事はなかったけれど、照れたのだろう。
アルフレッド陛下は、超綺麗で、結構良い人で、けど意外と照れ屋でちょっとオカンらしい。