身代わり王妃の恋愛録

その日、順従な僕ソラは意気揚々と王妃の部屋へと向かっていた。

もちろん誰に会うかわからない正面からではなく、天井裏と壁裏を伝って。

いつも以上に、無言な主が黒いオーラを放っている場合、大抵妃の機嫌がよろしくないことはここ数日で学んでいる。

約10パターンほど、挨拶を考えていた彼だったが、さすがに想定外。いつも白く美しい肌が真っ青。そして大きくバランスの良い綺麗な瞳は晴れ上がり真っ赤。

当の本人はまるで何かに脅えるかのように肩を抱き、寝台に座ったまま静かに震えている。

なにがどうしてこうなってんの?

心の中で自問するも答えが見つかるわけもない。仕方なく静かに声をかけることにした彼は存在を確かめるように紡ぐ。

「フウ、…姐?」

恐る恐るそう呼んだ僕の声に、彼女はハッとしたように顔を上げる。けれど不安定な彼女の瞳からはまたも涙がこぼれ落ちる。

「カイッ!もう1回…もう1回そう呼んで!」

「フウ姐?」

その声に、彼女は小さく息を吐いて困ったように笑って見せた。それが何とも息苦しそうで、ソラは彼女の顔を覗き込む。

「…主に何をされたの?」

「ううん。陛下は何も悪くないの。ただね、やっぱり居場所が欲しいなって。絶対になくならない…私だけの居場所」

そう言いながら彼女は思う。自分はこんなに他人に弱音を吐き出せる人間だっただろうかと。

そして気づかされる。自分の心の中で大きな存在となってしまった彼が信頼している僕だからこそ、自分もまた、信用し、こんな風に弱音を吐けるのだと。

ふう、と息を吐いた彼女はまた、困ったように笑って見せた。

「なんてね?今の私は陛下のお妃様、そしてカイの友人…。ちゃんと居場所があるもの。これ以上を求めるのは贅沢だよね」

「…ねえ、姐さん、俺と手合わせしようか」

「…え?」

手合わせ、そう聞いて彼女が思い浮かべるのは剣を合わせるあれだ。

「いいから、行くよ。姐さんの場合、身体を動かせば気分も晴れるよ」

そう言って彼はカジュアルな服に身を包んでいる彼女を肩に担いだ。

「え、ちょっと待っ「待たない」」

「大丈夫だから」

ソラはそう言って悪戯っぽく微笑んだ。その顔を横目で見て、彼女は口元を引き攣らせた。

ーああ、これはろくなことないな…。


***


キーン、キーン

そんな金属音がこだまするのはカイが私を連れて来たおそらくお城の敷地内だと思われる森の中。周囲を木に囲まれたそこは何か秘密のことをするにはもってこいの場所だった。

刃を潰した剣とはいえ、当たれば痛い。けどカイはそんなこと構わずに本気で打ち込んでくる。

幼い頃から幾多の死線を乗り越えてきた私だけれどカイは強敵だった。けれど不思議。彼の太刀筋、構え、身のこなしはどこか懐かしい。打ち合っているというのにひどく安心する。 元々好きだった打ち合いがいつもより楽しい。

「強いね、姐さん」

少し息を荒げ始めたカイは楽しそうに笑う。まだ笑う余裕があるのかと、私も笑う。

「そりゃあ、経験は積んでるもん。でも不思議だね?カイとは初めて手合わせしたのに、なんか懐かしい気がするの」

私がそう言って笑うと、カイは驚いたように固まった。

「…俺のこれは我流だよ…。主の剣術があまりにもすごかったから見て真似たんだ」

「え…?」

「姐さんが知ってるのは主なんじゃないの?主と…手合わせをしたことがあるんじゃないの?」

その言葉に、私は剣を落とした。

陛下と手合わせ…したいと思ったことはある。武術の達人と名高い彼のことだ。きっと打ち合いは楽しいとそう思っていた、けど…。

「打ち合いをしたことがある…?私と、陛下が…?」

「俺は主を見て真似たし、主は師匠に教えてもらったって言ってたよ?」

その言葉に何故だかドクンと心臓が嫌な音を立てた気がした。

当たっていて欲しくない“ある疑惑”が確証を得たような、嫌な予感。

「ねえ、教えて欲しいんだけど…陛下はむか「こんなところで、何をしている?」」

まるで私の質問を阻止するかのように、辺りにあまり機嫌の良くない冷たい声が響いた。

そこにいたのは当然と言えば当然…淡い金の髪を不機嫌そうにかき上げた陛下だった。

「面白そうなことをしているな、ソラ…私も混ぜてもらおうか?」

ピクッとソラが震える。あたりの空気が変わる。冷たい空気と張り詰めるような緊張感…そしてその瞬間、あっという間もなかった…。

キーンという金属音と共にカイの剣と陛下の剣がぶつかった。

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