身代わり王妃の恋愛録
「も、申し訳ありませんっ!」

咄嗟のことで何が何だかわからなかったけどとりあえず反射的にエルの腕から逃れ、一方的に距離をとる。

「大丈夫か?どこか怪我は」

エルはそう言ってしゃがみ込み、私の足首にそっと触れる。

本来なら女子がときめくシチュエーションかもしれない。目の前には(見た目だけは)王子様のような美形…そしてそんな男の人に跪かせているのだ。世の女性はときめくに違いない。

けれど私の心はざわつく。エルにそんな風に優しく触れられるのはなんだか良い気がしない。今までそんなことはなかったはずなのに。

「だ、大丈夫ですから」

そう言いながら、私はさりげなく横目で陛下を確認した。陛下は無言でこちらを見つめている。心なしか背後にブリザードが見えてるけどきっと気のせいだろう。

「…エル、どうだ?」

ふと、陛下が静かにエルに尋ねた。エルはといえば体勢を元に戻し、 平然と言う。

「大丈夫そうです。まあ……鍛え方が違うからだろうな?」

最後の一言は私はの顔に口元を寄せてこっそりと。まるで重大な秘密を暴いた子供のように、口元に微笑を浮かべて。

「…何のことでしょう?」

「いや?ただ、随分と鍛えた足のように思えただけだ。別に何かを言った覚えはないが?」

どうやら私は墓穴を掘ったらしく、そして奴は私の正体を確信したらしい。けれど陛下にバレるわけにはいかない。だから私はこう言うのだ。

「そう、ですね。私の勘違いでした。…申し訳ありません、お騒がせしました」

その場から離れるべく、私は静かに会釈をするとくるりと背を向ける。
その時だった。背後から手首を掴まれ、引き寄せられたのは。

「え」

そのまま、背中から後ろに倒れ、やがてスポッと誰かの腕の中に収まる。もちろんエルと陛下しかいないからそのどちらかではあるけれど、この落ち着く感じは…。

「あ、あの…」

「こんなに可憐な女性なら弟ではなく私が受け止めたかったと思ってな」

弟っ!?

思わず叫びそうになるけど、とりあえずそれは唇をぎゅっと噛んで堪え、私は静かに陛下を見る。こんなキャラだっただろうか。いや、私が知らないだけで実は女好きのナンパ男なのかも…?

「あ、あの…?」

困りはて、首を傾げた私を襲ったのは陛下の鋭い視線。

そして私は悟る。

バレてるー!

「ソラの伴わない外出、その珍妙な格好、行き先を言わない外出…」

私の耳元で甘く甘ーく囁かれるのは罪状。
ときめくどころか死刑宣告されている気分だ。

「兄さん、お知り合いですか?」

エルがようやく口を開く。

なんだか不穏な展開だ。けれど忘れないでほしい。この美形2人に群がった女性は未だ、私に敵意のこもった視線を向けていることを。

「…ああ。随分と悪戯が過ぎることだ。さて、エル。悪いが話は後だ。とりあえずこれに話を聴く」

「…俺も行っても?」

「構わん。荷物は任せた」

陛下はそのまま私を肩に担いで歩き始める。陛下のひと睨みは集まった女性を退けるには十分過ぎる威力を発揮したらしい。

私は暴れることも声をあげることもなく、ただ震えた。

怒り心頭の陛下も、楽しそうについてくるエルも、恐怖でしかない。

さて、なんて言い逃れしよう…。

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