身代わり王妃の恋愛録
やけに静かな夜に違和感を感じ、国王は目を覚ました。確認してみれば時刻は深夜1時を回っている。
国王は静かに寝台から降り、王妃の寝室の扉を静かに開けた。
暗い闇夜に目が慣れ、自分の心配事の種である彼女が寝ている寝台を見れば、寝台はもぬけの殻。
荒らされた後はないし、そんな物音は一切しなかった。おそらく彼女が自ら出て行ったのだろう、そう思わせるほどに部屋は整然としている。気配は一切感じない。
「…フウ…」
諦めたような、吐息とともに溢れてしまったような、そんな国王の声は暗い闇夜に消える。
途端に国王は心配になった。無理をするのも、自分の身を少しも案じていないのも、日常茶飯事。居場所を求めるくせになぜ自分の身を少しも案じないのか。
国王はそんなことを考えつつ、静かに寝衣を脱ぐ。5分とかからずに着替えを終え、城を出たのは1時半前。
城から離れれば後はなりふり構わず走った。髪が乱れることなど、一切気にならない。それほどまでに国王は焦り恐怖していた。
あれほど言ってまだ勝手に外出し、いなくなるのか…?
国王が口煩いからその目を避けて夜を選んだ、そんなことも考えられるが国王はそれを除外する。ズルいことはしない、国王はそのことについては彼女を信頼していた。
けれど突拍子もない彼女の言動だけは掴めない。
何故、どうしてこの時間に?
何度も自問自答を繰り返すものの、答えはその一部だって見えてこない。
「…どこだ…何故いなくなる…?」
罰だろうか、ふと頭を過ぎったその疑問に、国王は少しばかり納得してしまう。
ー自らあいつの前から消えたくせに…会いに行くことも迎えに行くこともせず、ただ偶然の再会に身を任せてこの生活の新鮮さと懐かしさに浸っていたからこうなったか…?
自嘲気味に笑い、国王は天を仰ぐ。
空気の澄んだ冬の空は美しく、そしてどこか寂しげ。
「…どこだ…」
そんなつぶやきにも似た疑問は返事のないまま闇に消える。ふとポケットに手を突っ込めばくしゃりと音がした。
まさか、そんな期待とともにポケットの中身を出せば「アリアのところにいってくるね」そんなメモが1枚入っていたー。
ーーーーー
できる限り息を整え、静かに目の前の扉をノックした国王を出迎えたのはアリアだった。
「夜分遅くに申し訳ない」
さすがに国王が現れると思いもしないアリアは息を飲む。だが、ほのかに浮かぶ汗と肩で息をしている様子からすぐに全てを悟る。
「いえ、申し訳ありませんが、今はうたた寝中です。いかがなさいますか?」
「………はぁ…。うちの愚か者が迷惑をかけて申し訳ない」
「いいえ。それよりもどうか怒らないであげてください…。一生懸命なだけなんです」
アリアの言葉何耳を傾けつつ、国王は静かに疲れて寝てしまった彼女を見る。
すごく、すごく優しい目…。フウはすごく愛されているのね…
そんな風にアリアに分析されて、驚かれているとも知らずに、国王は眠った彼女の頭にそっと手をのせる。
「…分かっている。お前が一生懸命なのも…その理由も…。…そして、私ではお前を救えないことも…それでも……」
アリアは、以前国王に聞かれたことがあった。アリアの作るアップルパイは誰に教わったのか、どういう経緯で作るようになったのか。
それにアリアは静かに答えたのだ。
ーフウに教わりました。…とても思い出深い、大切なレシピだそうですーと。
ーけれど、彼女は何故か覚えていないようですーと。