身代わり王妃の恋愛録
ふわふわと浮いているようなそんな不思議な感覚。ゆっくりと目を開けて見ればそこには陛下の姿。
私はアリアのところにいたわけだし、陛下といるわけがない。
第一、夜中抜け出しておいて、陛下が怒りもせずに優しくお姫様抱っこしている時点で現実ではありえない。
ずいぶんと都合の良い夢だ。こんなに近い距離に陛下がいる。手を伸ばせば陛下の綺麗な頬に触れられる。
「謝らなければならないことがたくさんある」
前を見据えたまま、陛下は呟くようにそう言った。
「制限してしまっていること、助けになれないこと、自由にさせてやれないこと、そして……消えたこと」
何に対する謝罪だろうか。それともこれは懺悔?分からないけど分かるのは、何かが陛下の心に暗い影を落としていて、そしてそれに陛下が苦しめられていること。
なんてひどい夢だろう。陛下はいろんなものを背負ってる。絶対に1人で背負えないであろうものをこちらに負担がかからないように全て背負い込んでる。
しかも苦しい顔を見せず、私にはそのことを微塵も感じさせない。
夢の中くらい身軽でいて欲しいのに。
こんな夢、あんまりだ。我ながら夢の中でまで陛下を苦しめるなんて、あって良いはずがない。
「泣かないで…」
こちらを見ないのは泣きそうな顔を隠しているからー。私にはそう思えて仕方がない。もちろんポーカーフェイスを崩してはいないのだろうけど。
「……やはり…変わらないな…。優しい声も、無自覚で懐まで入りこんでくるところも…。」
やはりこちらを見ずに、陛下は静かに呟く。けれどその声はどこまでも優しく、そしてどこか寂しさを含んでいるように思えた。
一体陛下は誰に対して罪悪感を抱いていて、誰に対してそんな風に謝りたいのだろう。
けれどこれは夢であって現実じゃあないから。現実世界の陛下を救えるのは私じゃないけど、私の夢の中の陛下を救えるのは私だけだからー。だから私は陛下に言うのだ。
ー気にすることなんて何もない。少なくとも今、私はすごく幸せだから。だから泣かないで?きっとそのうち謝れるから
そのあとの記憶はあまりない。けれど一瞬、泣きそうな陛下の顔が見えたような気がした。