身代わり王妃の恋愛録
ようやく私が下されたのはアリアの家からほど近い噴水の前。

夜にしては辺りは明るく、賑やかで、いろんな人が行き交っている。そんな中に突然フォーマルな装いの私と陛下が現れて騒ぎが起きないのは、異装をしているのが私達だけではないから。

身体中にペイントを入れたり、髪を染め上げたり、派手な格好をしたりと十人十色なこの空間の中に私と陛下はいとも簡単に溶け込めた。
だから騒ぎになることは心配していない。けれど…。

「なんで…?」

パーティーの主役がこんなところにいて良いはずがない。

私は陛下の袖をぎゅっと握って陛下を見上げる。

「わ、私の…せい?」

その答えを聞くのが怖くて、私は目を閉じて下を向く。演技がダメだった、退屈そうだった、外に行きたそうだった…思い当たることはあるし、実際に退屈だとは思っていた。けれど顔に出していないと思っていたのだ。だから大丈夫だと思っていた。

夜会のあと、疲れているであろう陛下に文句言われつつアリアの家に連れてこられたら良いな、あわよくばお祭りに参加できたら、なんて思っていたくらいでまさか抜け出そうなんて思ってはいなかった。

「お前のせいではない。抜けたところで大きな問題ではないし、大丈夫だ」

陛下はそう言って私の手をそっと握る。そして呟くのだ。これからどうすれば良い?、と。

要するに陛下はお祭りに参加したことがないということなのだろう。陛下の初めてが嬉しくて。さりげなく赤く染まる耳が嬉しくて。私を見つめる細められた優しい目が嬉しくて。

私は罪悪感とか申し訳なさとか全部忘れて微笑む。そして陛下の手を握る自分の手に少しだけ力を込めて言うのだ。

「ついて来て?案内してあげる!」

本当は私も初めてだけれど。なんとなく陛下はそれを知っているような気がしていたから。だから私はアリアの家まで案内した。
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