身代わり王妃の恋愛録
「一応聞いておこうか。今日そなたは何をして過ごすつもりだ?」
身支度を整え、再度部屋に戻ってきた陛下は通常運転の無表情で私に尋ねる。
これは奥さんの予定を把握しようなんて可愛らしいものでは断じてない。
こいつを放っておくと間違いなく何か問題ごとを起こすからとりあえず確認して、ダメなところは口出ししなければならない、そんなところだろう。
「ええっと…」
「一応言っておくが…。外出を認めるわけにはいかない」
どうしてわかったんだろう…私が外に出ようとしていること。
私は少々目を細めて陛下を見上げた。陛下は変わらずに無表情で私を見つめている。
私はこの国に来て初めて、超絶美形な人の無表情が怖いのだと知った。背後にブリザードが見えるような気さえするし。
「お前はここに来る前、度々この国に足を踏み入れていた、違うか?」
「え。う、ううん。違わない」
なんで、そう言いかけるも陛下の方が先に口を開く。
「ミレイとは何度か話したことがあるが…セレスト語が苦手だった。学ぶことと実際に使うのとでは全然違うから当然だ。それに対し、そなたは随分と会話に慣れている。もう母国語同然に扱えているだろう?」
「う、うん。確かに…会話に困ることはもうないよね」
「そこまでになるためにはこの国にかなり出入りしなくてはいけないだろう。知り合いもいると推測する。表ではミレイとして振る舞わなければいけないそなただが裏ではほぼ自由と言える。せっかくセレストにいるのだから友人に会いに行こうと考えるのはあり得る話だ」
いつそこまで考えたんだろう。ほぼその通りだ。シャーレットの国民は皆ミレイの顔を知っている。だから私は大手を振って歩けない。
自由になりたくて、一人の人間として生きたくて、私は度々この国に来ている。
まあ、度々私に干渉してくる女王から逃れるためにこの国に逃げてくる、というのもあるんだけど。
「悪いがそなたが一人で外出するのを認めるわけにはいかない。城の敷地内から出るのは禁止する。それを踏まえてきこう…今日一日、どうやって過ごす?」
私はじっと陛下を見た。真剣な表情で私を見ている。この人に嘘を吐いて城の外に出ることもできる。でも私はこの人に誠実でいたい、そう言ったし実際にそうしたいと思う。
「私は「はぁ…」」
私の言葉を陛下のため息が遮った。
「そんな馬鹿正直に顔に出すやつがあるか…。余が何を言っても…外に出る気だな?」
「ゆ…夕飯前には戻るよ?」
「どこの子供だ」
「浮気とか、しないよ?」
「誰もそんなこと懸念していない」
「…でも私は外に出る!大丈夫、問題起こしたりしないし(仮)王妃だってばれたりも…ってまだ発表してないか…。とにかく平気!」
「…どうしても行く気か?」
「うん!陛下に心労をかけて本当に申し訳ないんだけど、私セレストが大好きなの!お城でじっとしてるなんてもったいない」
「…はぁ…。頑固だな。…そこまで言うなら止めはしない。だが行先だけは伝えておけ。迎えを寄越す」
「ごめんなさい、陛下。ありがとう」
ミレイならこんなわがままは言わないんだろうな…そう思うけどやっぱりお城でおとなしくなんて性に合わない。陛下に迷惑をかけるのは心苦しいけどそれはもう手遅れな気がするし。
にっこり笑う私に、陛下はただ面倒臭そうにため息を吐いた。けれど陛下は言ってくれた。
「楽しんでこい」
「っ!……うわーん!陛下ありがとう!男前ー!」
思わず陛下にしがみついた私は陛下によって引き剥がされた。
けどやっぱり陛下は良い人だ。