身代わり王妃の恋愛録

足に力が入らなくなれば当然倒れる訳で。

私も例に漏れず、身体が傾いていくのを感じた。頭の中はショート。心がうまくついていっていない。

陛下…貴方は誰なの…?

どうして私の思い出にいないの?

なのにどうして…私のことを知っているの…?

傾いていく身体はふわりと受け止められる。それが陛下の腕で、現在私がその中にすっぽり収まってしまっている、そう理解するのにもそれなりの理解を要した。

「へい、か…?」

恐る恐る見上げると、少し困ったような目が私を見つめていた。

「…」

陛下はなにも言わず、ただ私を腕の中に閉じ込める。陛下の真意が私にはまるでわからない。

「…合っていたようだな」

陛下は小さくつぶやく。いつもとは違う、私に聴かせるような呟きに、私は沈黙を続けた。

「……知らなくて良い…と言うのは俺の勝手な考えだ。……きっとお前はそのうち全てを思い出す…。だから先に言っておこう。お前のことはずっと昔から知っていた」

陛下の口から直接告げられたのは、予想していた話。私をここまで知っているということはおそらく、私も陛下のことはよく知っていた…のだろう。

忘れられるというのはどういう気持ちなのだろう。仲が良かったのなら尚更だ。

今まで陛下はどんな気持ちで私に接してきたのだろうか。それを考えるとあまりに胸が苦しい。

ツーッと頬に温かいものが伝う。

「…ごめん、なさい…」

そう言いつつもまるで思い出せない自分に苛立つ。

堰を切ったように涙は溢れ、止まらない。陛下はなにも言わず、ただ苦しそうに私を見ていた。

「違う…。お前は少しも悪くない…だから、泣くな」

陛下の優しい手が私の目元をそっと拭う。

「無理して思い出す必要はないし、お前が罪悪感を感じる必要もない。…言っただろう?お前に泣かれると、本当に困るんだ…どうして良いかわからなくなる」

陛下は切なげにそう言うと私の頭をそっと撫でた。

「…ケーキ、食べないか?」

陛下はなにを思ってか、私にそう提案する。すでに飾り付けは完璧で、私が陛下に見て欲しかったものがそこにある。

私が静かに陛下を見上げると、陛下は困ったように微笑んだ。そして私の耳元に口を寄せて、まるで秘密を明かすように囁く。

「お前が祝ってくれたのが…嬉しかったんだ」

ーだから…、泣いていないで、笑って祝ってほしい

陛下が私に何かを望んでくれる、というのがすごく嬉しくて。

私は自分の目元を必死に擦った。

そして陛下から少し離れてニカッと笑う。

危ない、忘れるところだった。私の記憶のこととか、忘れてしまったこととかはきっとすごく大事なこと。けれど今日は陛下の誕生日なんだから。

悩むのは明日からで良い。今日は陛下が生まれてきてくれたことに心から感謝する日。

私は必死に切り替える。

そしてニカッと笑ったまま陛下に問う。

「どう?可愛い?」

「…ああ、そうだな…。お前は笑顔が似合う」

おちゃらけて言った私の言葉に陛下は楽しそうに笑う。

「ケーキ、持って行くね!」

空元気も良いところだけど。私はケーキを持ってテーブルの方に向かう。

だから気づきもしなかった。

「………ごめん…フレイ」

陛下がそんな言葉を呟いていただなんて。
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