身代わり王妃の恋愛録

2人で部屋に篭っても暗くなるのが目に見えているから、私と陛下はケーキを食べ終えて早々にお祭りの喧騒の中に足を踏み入れた。

カイが私と陛下の私服を用意していてくれたため、今の私と陛下は身軽だ。けど…

「アルさん寒そうだけど、平気?」

私は陛下と繋がっている自分の右手に少しだけ力を入れる。真冬の夜中だ。寒くないわけがない。いくらか寒さに強い私ですら肌寒く感じるのだ。寒がりの陛下が寒くない訳がない。

「大丈夫だ。きちんと着込んでいる。それよりこっちで良いのか」

「うーん。実はね、私も本当にこっちで良いのかわからないの」

苦笑いを浮かべて私は静かに言った。

冬はミレイが最も体調を崩す季節だ。故に私はなかなかこちらに出てこられなかった。陛下の父親である先代国王も冬生まれだったため、もうしばらくの間、聖クレイティアの日は冬の行事となっているのだ。

「私もね、初めてなの」

陛下は返事をしない。ただ、続きに静かに耳を傾けて待ってくれている。気まずいはずの沈黙はどこか心地よく、そして少し懐かしい。

「露店がたくさん出て…夜中まで街が明るくて…それ以上に人の笑顔がキラキラと眩しくて…。貧富関係なく、みんなが楽しいの」

私の話を聞きながら、陛下が少しだけ目を細めるのがわかった。長い睫毛が目元に影を落としている。そしていつもはきつく結ばれた唇が優しげに緩まっている。

何を思っているのだろう。

私にはない、昔の記憶に想いを馳せているのかもしれない。自分の国の人々が幸せそうで、嬉しいのかも。

「アルさんは…普段月みたいだけど、そうやって笑っていると太よ」

太陽みたい、そう言い切ることは叶わなかった。アルさんの手が私の頭に回って。気づいたら私は、アルさんの胸に顔を押し付けられていたから。

「変わらな過ぎだ…ばか。少しは成長しろ」

すごく悲しそうな声が耳をかすめる。その声があまりにも悲しそうで、私はつい陛下の服をぎゅっと掴んでしまった。そうしないと、私は立場もわきまえずに陛下の背に腕を回してしまうだろう。

「太陽なんて大それたものじゃない。太陽は…」

ー太陽はお前だろう、フウ…

耳の中に何故だか耳に馴染む幼い声が響いたような気がした。どこかあどけなさを含んだような、少しだけ幼い声。

その声が誰のものかまだはっきりわからないけどおそらくは…。

「ごめんね。でも成長してないわけじゃないからねっ。…きっと…アルさんが、今も昔も素敵な人だってこと!」

私の無意識の一挙一動が今まで陛下を傷つけてきたのだろうか。

陛下は一体どんな気持ちで今まで私に優しくしてくれていたのだろうか。

考えて答えが出るはずもない。

せっかく暗くならないように出てきたと言うのに。結局私はしばらくの間陛下の胸に顔を埋めることとなった。
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