身代わり王妃の恋愛録
陛下は何も聞かなかった。
多分あのエルに、告白のことを聞いたのだろう。正義感が強く、何事にもきちんと筋を通す男なのだ。一応仮嫁である私に告白したと陛下にも報告したのだろうことは想像に易い。
どこか視線を感じるも、陛下はただ静かに、私を見守っていた。
「…お仕事は、良いの…?」
沈黙に耐えかねた私は、とりあえず思ったことを口にした。紡ぎ出した言葉はなんとも可愛げがないもので、やはり私はこうなのだと実感させられる。もっと可愛いことが言えたら、そう思うのはやっぱり陛下のことが好きだからなのだ。
エルにバレていたくらいだから、きっと相当わかりやすいのだろう。
「……そんなことより、自分のことを心配したらどうだ?」
陛下によって寝台に運ばれた私はすでに元気だ。寝台のそばに置かれたテーブルにはなぜだかスープも用意してあって、かなり回復している。まあ、元々そんなやばい状態ではなかったんだけどね。陛下はすぐに駆けつけてくれたっぽいし。
「そんなに、重症じゃないの。陛下、すぐに来てくれたんでしょ?」
陛下の様子を伺いつつ、首を傾げれば、陛下は困ったようにうつむいた。先ほどから何か言いたげなのだ。言おうとして口を閉じる。そんなことがさっきからかれこれ4,5回は確認できているのだ。
陛下の目は先ほどから不安げに揺れている。
「………偶然、倒れるところを目にしたからな…」
言い切って、やっぱり口を噤んだ陛下はもう何も言うまいといわんばかりに目を閉じた。その様子はここ数日焦っている様子が見て取れたエルによく似ていて。私は陛下の頬にそっと手を伸ばした。
「……なんでさっきから目が合わないの?」
「っ!」
珍しく、陛下は表情を強張らせた。何か悪いことを言っただろうか。
そうは思っても我慢はできなかった。だって今陛下に拒絶されてしまえば、私は未来を受け入れざるを得なくなる気がしたから。
「…ねえ、さっきから何考えてる?」
まっすぐ、陛下の目を見て私は聞いた。
開かれた目は、やはり不安げに揺れていて。その様子はどこか夢に出てきた少年を思わせた。
「…………あいつは…」
陛下はそう呟いて、やはり口を噤んだ。その”あいつ”とはたぶんエルのことなのだろう。
「…今はまだ…私は陛下の妃だよ?まあ、偽物だけどね」
わざと明るい声を出して、いたずらっぽく笑って見せた。
別にエルに告白されたからって突然出て行ったりはしないのに。私はそこまで信用されていないのだろうか。そう思ったけどたぶん違う。
陛下はきちんと私を信じてくれてる。
自分にそう言い聞かせて、私は陛下の頭を撫でた。
「私はアルさんを裏切ったりしないから!」
私の言葉に、今度は陛下が腕を伸ばした。
ふわりと陛下の優しい香りが鼻をくすぐる。それとともに暖かなぬくもりと、優しい香りに包まれた。