高校教師
春の予感
黒いスーツに黒い眼鏡。
一見真面目に見えるこの男は、
聖涼高校の数学教師・不和慎だ。
大学を卒業してから初めて赴任した高校が聖涼高校で、八年経った今でも転任する気配もない。
家から職場までが遠く、通勤に少々不便があるため、本人はいつ転任の知らせがくるのだろうかと若干心待ちにしているが、三十歳にして、五年連続で進路指導室に配属され、多数の生徒から進路相談を受けるほど生徒からの信頼が高く、仕事に奔走する日々だ。
お陰で彼女は十年もいない。
いや、むしろ、仕事をしている間は欲しいと思ったことはないだろう。
ふぅ、とため息をつき、やっと片付け終わった自分のデスクに目を向けた。
「また新しい一年が始まるな」
偏差値60後半の進学校である聖涼高校は、毎年、何十人もの難関大学合格者を排出し、生徒一人一人に対して進路指導を行う。その場所が、職員室から離れたところにある、「進路指導室」である。進路指導の先生はそこにデスクを置き、各大学のデータ集めなどを行う。
不和は、自分が担任するクラスの名簿を見た。
三年四組ー
二年連続で三年生をもつことになった。
この子たちはどんな進路を決めていくのか。進路について一緒に悩み、一緒に努力をしたあと、合格の報告を聞くことは不和にとって一番嬉しいことだ。
ガラッ
初めて入る、三年四組の教室。
ざわざわしていた教室がシーンとなる。
「初めまして。今日から君たちの担任になる、不和慎です。」
生徒から拍手が起こる。
「では、出席順に名前を呼んできます。呼ばれたら返事をするように。」
と言い、名簿を手にする。
「一番、藍川涼華…」
教室の端の一番前の席に目をやる。
だが、そこだけ、すっぽり抜けているのだ。
「藍川は、今日は休みか?」
何も聞いていません、と目の前に座っている生徒が言った。
「じゃあ、とばすぞ。二番、池田…」
こうして、新学期初めての授業である顔合わせの時間が終わり、不和は事務室に行き、藍川涼華が欠席だという連絡があるか確かめにいく。
「藍川さんは…いえ、連絡はないですね」
と事務の人が言った。
こうなったら自分から連絡して、確認するしかない。
新学期早々、慌ただしいな、と思った。
プルルル…
涼華のケータイが鳴る。
表示には、「聖涼高校」と書いてある
見たくない、出たくない…
そう思いながら、ケータイをベットに投げつけた。
「おっかしいなぁ」
「家の電話も出ないんですかー?」
と、声をかけたのは、去年、涼華の担任だったという、神谷亜希子だ。
「はい。本人のケータイも出ないんです。親さんのケータイにかけるしかないですね…」
と、しぶしぶ、涼華の親に連絡した。
すると、先ほどとは違い、すぐに出てくれた。母親だった。
涼華の母親は、そうなんですか、と、自分の娘が学校に行っていないということに驚き、それなら、欠席でお願いします、と言って電話を切った。
次の日も、またその次の日も、涼華は学校に来なかった。
一向に来る気配が無かったので、両親に了解を得て、仕方なく家庭訪問へと踏み切った。
「こんな生徒は初めてだ。」
聖涼高校にもこんな生徒がいるのか、と思った。
玄関で迎えてくれたのは、涼華の母・美智瑠だった。
家に上がらしてもらい、リビングへと通してもらった。なかなかの立派な住宅だ。
「涼華さんはどちらに」
「何日も部屋にこもっているみたいです。出てこれなくてすみませんねぇ」
顔も声も知らない藍川涼華という人物…
「何か、学校であったのですか?」
と美智瑠に聞くと、
「いやぁ、分かりませんねえ。」
自分の娘が何日も部屋に閉じこもっているのに、何も不思議に思わないのか、と美智瑠に険悪感を抱き、余計と涼華のことが心配になった。
一見真面目に見えるこの男は、
聖涼高校の数学教師・不和慎だ。
大学を卒業してから初めて赴任した高校が聖涼高校で、八年経った今でも転任する気配もない。
家から職場までが遠く、通勤に少々不便があるため、本人はいつ転任の知らせがくるのだろうかと若干心待ちにしているが、三十歳にして、五年連続で進路指導室に配属され、多数の生徒から進路相談を受けるほど生徒からの信頼が高く、仕事に奔走する日々だ。
お陰で彼女は十年もいない。
いや、むしろ、仕事をしている間は欲しいと思ったことはないだろう。
ふぅ、とため息をつき、やっと片付け終わった自分のデスクに目を向けた。
「また新しい一年が始まるな」
偏差値60後半の進学校である聖涼高校は、毎年、何十人もの難関大学合格者を排出し、生徒一人一人に対して進路指導を行う。その場所が、職員室から離れたところにある、「進路指導室」である。進路指導の先生はそこにデスクを置き、各大学のデータ集めなどを行う。
不和は、自分が担任するクラスの名簿を見た。
三年四組ー
二年連続で三年生をもつことになった。
この子たちはどんな進路を決めていくのか。進路について一緒に悩み、一緒に努力をしたあと、合格の報告を聞くことは不和にとって一番嬉しいことだ。
ガラッ
初めて入る、三年四組の教室。
ざわざわしていた教室がシーンとなる。
「初めまして。今日から君たちの担任になる、不和慎です。」
生徒から拍手が起こる。
「では、出席順に名前を呼んできます。呼ばれたら返事をするように。」
と言い、名簿を手にする。
「一番、藍川涼華…」
教室の端の一番前の席に目をやる。
だが、そこだけ、すっぽり抜けているのだ。
「藍川は、今日は休みか?」
何も聞いていません、と目の前に座っている生徒が言った。
「じゃあ、とばすぞ。二番、池田…」
こうして、新学期初めての授業である顔合わせの時間が終わり、不和は事務室に行き、藍川涼華が欠席だという連絡があるか確かめにいく。
「藍川さんは…いえ、連絡はないですね」
と事務の人が言った。
こうなったら自分から連絡して、確認するしかない。
新学期早々、慌ただしいな、と思った。
プルルル…
涼華のケータイが鳴る。
表示には、「聖涼高校」と書いてある
見たくない、出たくない…
そう思いながら、ケータイをベットに投げつけた。
「おっかしいなぁ」
「家の電話も出ないんですかー?」
と、声をかけたのは、去年、涼華の担任だったという、神谷亜希子だ。
「はい。本人のケータイも出ないんです。親さんのケータイにかけるしかないですね…」
と、しぶしぶ、涼華の親に連絡した。
すると、先ほどとは違い、すぐに出てくれた。母親だった。
涼華の母親は、そうなんですか、と、自分の娘が学校に行っていないということに驚き、それなら、欠席でお願いします、と言って電話を切った。
次の日も、またその次の日も、涼華は学校に来なかった。
一向に来る気配が無かったので、両親に了解を得て、仕方なく家庭訪問へと踏み切った。
「こんな生徒は初めてだ。」
聖涼高校にもこんな生徒がいるのか、と思った。
玄関で迎えてくれたのは、涼華の母・美智瑠だった。
家に上がらしてもらい、リビングへと通してもらった。なかなかの立派な住宅だ。
「涼華さんはどちらに」
「何日も部屋にこもっているみたいです。出てこれなくてすみませんねぇ」
顔も声も知らない藍川涼華という人物…
「何か、学校であったのですか?」
と美智瑠に聞くと、
「いやぁ、分かりませんねえ。」
自分の娘が何日も部屋に閉じこもっているのに、何も不思議に思わないのか、と美智瑠に険悪感を抱き、余計と涼華のことが心配になった。