コイのヤマイ


***



――……本当、帰りたくない。


いつもそれだけを心に潜め、家路につく。



ガチャ、と。

鍵を差し込み家の中へ足を踏み入れれば、まだ誰も帰って来ていないようで静かだった。


それに安堵の息を洩らしながら、二階の自室へと急ぐ。



あたしは、一度自室に入ったら、トイレとお風呂以外で部屋を出ない。


だって、必要以上に干渉すると怒られるから。




テレビもパソコンもリビングに一つだけ。


だからあたしは、ここ何年もテレビを見ていない。芸能人なんて分からないし、知らない。

お父さんの気まぐれで買ってくれたスマホだって、友達と電話やメールをするくらいでしか使わない。



だからあたしは、世間に疎いんだと思う。

事実、友達との話が噛み合わないことがある。




その代わり、あたしが知っている世界は、本の中の世界と、教科書の中の世界。


時間が有り余ったあたしの世界は、ソコにだけ存在する。


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