閉じたまぶたの裏側で
「車降りて、その辺少し歩いてみるか?」

「うん。」

車を降りて、潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。

人影もまばらな季節外れの海。

日射しが波に乱反射してキラキラと光を放つ。

應汰が私の隣に立ち、私の手を握った。

一瞬、体が強ばる。

おそるおそる見上げると、應汰は少し困った顔をして小さく笑った。

「取って食ったりしないから、そんなビビんなよ。今日はデートだろ。手ぐらい繋がせろ。」

「…うん。」

應汰は私の手を引いてゆっくりと歩き出した。

口は悪いけど、優しい事は知ってる。

ふざけていやらしい事ばかり言うけど、本当に私を想ってくれている事が、ちゃんと伝わって来る。

應汰の手は大きくて温かい。

「芙佳…好きだぞ。」

海の方を向いたままで、應汰が呟いた。

「……うん。」


私だけを想って大切にしてくれる人を本気で好きになれたら、それがきっと一番幸せだ。

私の中の勲との想い出を色褪せさせるくらい、應汰が私の心を上書きして埋め尽くしてくれたらいいのに。

勲との事を忘れ去るにも、應汰の気持ちを受け入れるにも、まだまだ時間が必要だと思う。

私自身が現実を現実として受け止める事を、まだ躊躇している。

自分から繋がりを断ち切ろうとしたくせに、私は勲を完全に失ってしまう事を恐れている。


今はまだ、なんの答えも出せない。


どっちを選ぶのが私にとって幸せかなんて、一目瞭然なのに。








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