閉じたまぶたの裏側で
それから勲は、なぜ七海と結婚したのかを話し始めた。

勲の両親は小さな町工場を営んでいて、この不景気で、常に資金繰りに苦労していたそうだ。

両親の会社の得意先の多くが、今勤めている会社の関連会社だった事を勲は知っていた。

七海との縁談を持ち掛けられた時、私との結婚を考えていた勲は一度は断ったそうだが、それが原因で両親の会社は次々と得意先に縁を切られ、たくさんの在庫を抱えたまま倒産の危機に陥ったのだと言う。

その時専務が、七海と結婚すれば両親の会社の事はなんとかしてやると言ったのだそうだ。

七海との結婚を決めた事で、離れていった得意先は戻り、新たな出荷先を与えられ、専務が経営資金を援助してくれて、両親の会社は活気を取り戻したらしい。

両親を助けるために七海と結婚したなんて、私は今まで知らなかった。

勲の事情など何も知らず、愛していたからこそ私を裏切った勲を憎んでいた。


私はずっと、私から勲を奪った七海に、狂いそうなほど嫉妬していた。

この手で勲を奪い返す事ができればどんなにいいかと思っていた。

“俺が好きなのは芙佳だけだ”と勲に言われるたび、心のどこかで結婚しても勲に愛されていない七海を哀れんでいた。

私を好きだと言う勲を七海の元へ帰す事で、優越感に浸っていたのかも知れない。

捨てられた自分を哀れで惨めな女にしないように精一杯の虚栄心で身を守り、七海を侮蔑する事で心の安定を得ていた。

そんな事したって虚しいだけだと気付いた時にはもう、勲との不倫から抜け出せなくなっていた。

勲を好きでいるほど私の心は醜くなって行く。


本当は、嫉妬する資格なんかないのは、私の方なのかも知れない。



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