閉じたまぶたの裏側で
翌日、部長に退職願を出した。

今月いっぱいで退職したいと伝えると、部長は一応理由を聞いて、そういう事ならとすんなりそれを受け取った。

できるだけひっそりと辞めたいので、退職するその日まではこの事を伏せておいて欲しいとお願いした。

部長は少し怪訝な顔をしたけれど、私の仕事を引き継ぐ人を早急に探すと言った。

月末まではあと半月以上ある。

たいした引き継ぎもなさそうだし、問題なくこの会社を去る事ができるだろう。


会社には代わりの人間なんていくらでもいる。


恋愛も同じなのかも知れない。


相手が私じゃなくたって、勲も應汰も新しい幸せを見つけた。

いつかは私の事なんて、きれいさっぱり忘れてしまうんだろう。

だから私も忘れてしまおう。



仕事が終わって家に帰ると、引っ越しのために荷物の整理をした。

ずっとしまい込んでいた勲との思い出の品が、押し入れの奥から見つかった。

こんなものを持っていたって、あの頃に戻れるわけじゃない。

記憶を消す事はできないけれど、物なら簡単に捨てられる。

そう思っていたのに、いざ捨てようとすると手が震えて、また涙が溢れた。

本当に大好きだった。

だからもう、何もかも捨ててしまおう。


残したいものなんて、何もないんだから。








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