閉じたまぶたの裏側で
そしてやっと、私が退職するする日がやって来た。

仕事の引き継ぎも昨日までに無事に終えた。

元々たいした荷物はなかったけれど、周りに気付かれないように少しずつ整理した荷物を、今日の仕事が終わったら紙袋に詰め込むだけ。


社員食堂にはあれから一度も行っていない。

昼休みは近所の公園のベンチに座って本を読みながら、コンビニで買ったおにぎりやパンなどで簡単に食事を済ませていた。

雨の日は会社の近くの、あまり客足の多くない古びた喫茶店で一人で食事をして、コーヒーを飲みながらのんびりと読書をした。

見たくもないものを見てイヤな思いをするよりは、一人で過ごす方が気がラク。

こちらから避けてしまえばぶつかる事もない。

この会社に来るのも今日で最後。

私が会社を辞める事は直属の上司の勲は知っているけれど、私には直接何も言わなかった。

七海が妊娠している事はあっという間に社内に広がったから、勲は私には何も言えなかったのかも知れない。

勲も七海も、部署の人たちに子供の事を聞かれて嬉しそうに話していたから、勲が幸せならそれでいいと思う事にした。

どうせもう昔には戻れないんだし、私は勲の笑顔が大好きだったから、相手が私でなくても幸せそうに笑ってくれる方がいい。

そうすれば私の想いも報われる。

妬みとか憎しみとか悲しみとか、いろんなものを手放せば、好きな人の幸せを願って穏やかな気持ちで生きて行ける。


そんな気がした。





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