もっとそばにいたいの 【ぎじプリ企画】
もっとそばにいたいの
「真山さん、ちょっと席を外しますね。まだ時間がかかるようでしたら、明日仕上げてもらっても大丈夫ですよ」

「はい、すいません」

課長は掛け時計を見た後に私に笑顔を向けると、資料を抱えてフロアを後にした。

誰もいなくなった静かなオフィス。

正確に言えばここにいるのは私と彼だけ。

背中に彼の気配を感じながらも、振り向けずにいる。

すると「はあ~」と微かなため息が聞こえた。

それと共に私のパソコンのキーを打つ手が一瞬止まる。


  -あぁ・・怒ってるよー


瞳を閉じて、彼の顔を想像する。

怒っている顔かな?呆れている顔かな?

どちらにしてもまた怒られるよね....。

そう思いながら唇にキュッと力を入れた時、案の定後ろから低い声が聞こえた。

「おい」

「・・・」

「おい、今何時だ」

あぁ....やっぱり怒っている。

そ~っとイスを回転させて振り向くと、腕を組んで壁に寄りかかり仏頂面の彼が立っている。

その表情を見て、私は視線を伏せてしまう。

「...9時過ぎです」

つい声も小さくなる。

すると今度は彼は呆れた声になった。

「また他の奴の仕事引き受けただろう」

「....いえ」

「嘘をつくな」

キッパリと言われてしまった。

私が嘘をついても、いつもすぐ彼にはばれてしまう。何故だろう。

「すいません...」

項垂れて黙るとシンと静かな空気に包まれて、無言の圧力を感じてしまう。

すると彼の一言がその空気を変えた。

「こっち来い」

「...えっ?」

驚いて顔を上げると、彼は未だ腕を組んだままの仏頂面。

そのまま彼を見つめていると、もう一度彼は言った。

「いいからこっちに来い」

低い声に心が誘われる。

返事をしないで立ち上がると、そのままゆっくりと彼のもとに歩いて行った。

すぐそばまで行くと、彼はジッと私を見つめたままでいる。

その視線に耐えられなくて視線をそらすと、さっきよりは柔らかい声で私のことを問い詰める。

「こんなに遅くまで残る必要はないだろう?」

「......」

「何度言えば分かるんだ。人の仕事引き受けてまで残業するなよ」

「...だって」

その後の言葉を口ごもってしまう。

こうして残っていることを否定されてしまったら、自分の気持ちなんて言えない。

すると壁に寄りかかっていた彼は壁から離れ、私の目の前に向き合った。

背が高くて私を見下ろすように視線を寄こす彼の端正な顔に、私の頬は熱くなってしまう。

そう....私はいつも彼のそばにいたくて、仕事を引き受けてまで残業をしている。

こうして2人きりになりたくて。

彼にはいつも怒られるけど、ここでしか叶わないからやっぱりやめられない。
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