おいしい時間 しあわせのカタチ
アメ色と焦げ
立派なムクゲが表札よりも目印になるその家の西側だけ、佳織(かおり)がこの道を通る時間はいつも電気がついている。
おそらくあそこが台所なんだろう。
LEDが主流になりつつある昨今にはめずらしい、ぽわんとしたぬくもりのある白熱電球の明かりはそれだけで家庭というものを連想させて、逆に今の佳織には荷が重く、逃げるように目を逸らす。
それでも自然と引き寄せられてしまうのは、今もそうだがほぼ毎晩、からからと頼りなげに回る換気扇から洩れてくるただならぬ匂いのせいだ。
(きょうのこれって、たぶん玉ねぎだよね。こげた玉ねぎの匂い)
ごく稀にハンバーグを作るときにそれらしいものを嗅ぎ取ることがあるけれど、
(でもそれだけじゃない……、いわゆるブイヨンってやつかな)
奥ゆかしい、けれど胃袋をダイレクトに刺激する複雑な香り。
かすかに漂うバターとにんにくのベストコンビも手伝って、ついにお腹の虫が騒ぎ出すと、佳織は我知らずため息をついた。
(そういえば、このまえ佐野(さの)くんが作ってくれたチキンピラフ、やたら美味しかったな)
< 1 / 186 >