おいしい時間 しあわせのカタチ
大上は緩慢に立ち上がり、台所のコーヒーメーカーからポットを外してテーブルへと運びながら、
「婚姻届を出す前に気づけてよかった。ありがとな、根岸」
「はぁ? 俺は別になにも……」
「いや、おまえに話を聞いてもらえてよかった。……ほんと、あのとき、ホームセンターでおまえと佐和子さんに会ってなかったら今頃どうなってたか」
「だったら佐希子さんのおかげだろ。うまいこと境遇が似てたから余計におまえの琴線に響いたんだ。俺の言葉なんてどだい薄っぺらいもんだったか。だからな、大上……」
根岸はなぜかそこで言葉を止めると、やや言いにくそうに口ごもった後、
「また、うちに来いよな」
「――うん」
ぎこちなく絡み合う眼差しから逃れるように、根岸はわざと目を台所のほうへ向けた。
その目がコンロの上のあるものを捉える。
「なぁ、あれってビーフシチューを温めた鍋だろ。なんかパン系ねぇの、おまえんち?」
「パン? ああ、あるよ、ロールパンなら。何、腹減ってんの?」
「せっかく佐希子さんのビーフシチューがあるんだ。ソースの一滴でも残したらもったいないだろ。早く」