おいしい時間 しあわせのカタチ
あのときも今みたいにいろんな匂いがして、湯気からしてもう美味しくて、すごいねって褒めたけど、全部市販の調味料だよって言われて度肝を抜かれた。
それなのにぜんぜん鼻にかけなくて、嫌味っぽくも押しつけがましくもなくて――そういう気取らない格好良さと優しさがあらためて胸に沁みた。
佐野くんはいつだってそうだ。
佐野くんは会社の同期で、部署こそちがえど、折節に、飲み会で顔を合わせれば気づけばいつも隣にいて、そういうことがすごく自然体でできるひと。
間の取り方とか、逆に間の持たせ方を――これも天然のものなのか――熟知していて、横にいてくれると安心する。
だからわたしも、佐野くんが当然のようにすぐそこにいることに、いつしか違和感をおぼえなくなっていた。
その佐野くんから思いがけないプロポーズを受けたのはつい昨日のこと。
といっても正式なものではなくて、結婚を前提としたお付き合いを申し込まれた。
そしてわたしはそれを保留にしている。
『わかった』
そのときも佐野くんはただ一言そう言って頷き、それじゃ、と屈託のない笑顔を向けて帰っていった。