おいしい時間 しあわせのカタチ
「枡屋、な、わかった。じゃあ女将さん、俺もここで。失礼します」
「はい、お待ちしてます」
軽く頭を下げるとくるりと踝を返し、大上さんは小走りに店へはいっていった。
「――あの人、お菓子関係の会社にでも勤めていらっしゃるのかしら」
根岸くんは目を見開いて佐希子を見た。
「なんでわかるんすか」
「ほのかにチョコレートとクッキーっぽい匂いがしたから」
「多分そうっすよ。どこかまでは俺も詳しくは知らないっすけど、そっち系のメーカーに入ったって風の噂に聞いたんで」
風の噂ねぇ、と佐希子は後部座席のドアを閉めながら思う。
それだけでも、ふたりが長らく疎遠であったことは十分わかったが、それにしても言い方が――。
温厚な彼らしからぬ険のある口ぶりに、佐希子はぼちぼちこの話題を終わらせた方がいいことを悟る。
お菓子屋に勤めている、イコール、バレンタインを連想させるから、という話ではなさそうだぞ、これは。
「そう」
佐希子は相づちを打つと、あとは黙って車に揺られた。