君のいる世界

「じゃあさ、また連絡するわ」


 書類だけもらってさっさと帰ろうとする俺に、熊が顔をしかめる。

「お前、あんまり食べてないだろう? 」

「ん~あんまり食べれなくなるのよ、この病気は」


 喉に違和感があるため、飲みこむのが辛くなるのだ。


「………いいから、少しだけでも食べてくれ。体力つけないと、手術だって出来ないだろ」


 そう言いながら押しやってきた皿は、さっきの刺身ではなくて揚げ出し豆腐だった。こいつなりに気を回してくれているのがわかって、顔が緩む。


「その割にヘルシーだな」

「文句言うなよ。僕だって心配してるんだよ」


 豆腐にかかったあんごと口に入れれば、噛まなくてもホロリと崩れる。何度か噛んで飲み込むまでを熊がじっと見ている。

 こんなにも心配してくれる奴がいるなんて、ありがたい。

 ゆっくり一皿の揚げ出し豆腐を食べ終わるまで熊は待っていた。
< 131 / 181 >

この作品をシェア

pagetop