君のいる世界

 泣くのをガマンしていると、鼻の奥がつんと痛くなる。そこに力が入りすぎて、血管を傷つけてしまい鼻血になるのは、頭ではわかっていた。

 でも、力の抜き方がわからない。唇を食いしばって目をきつく閉じているので精一杯だ。


 

 ふいに、おでこに柔らかくて温かいものが触れた。びっくりして目を開けると、ゆっくりと礼治さんが離れていくところだった。笑った礼治さんが、鼻の頭にもチュッとキスを落とす。ぼやける程の至近距離でも、滑らかな肌と整った美貌がよくわかった。

 びっくりし過ぎて、礼治さんをガン見していると楽しそうに笑った。


「やっとこっちを向いたね。そんなに鼻の奥に力をいれちゃダメだよ。傷がつく」


 この人も、泣くのをガマンして血を流したことがあるんだ。隠れて泣いて嗚咽をこらえて、血の塊を吐いたことがあるんだろう。

 この人は、とてもとても優しい。

 こんな大事な手術を控えたその前までも、泣きそうなあたしのことを気にしてくれている。それだけで、もう胸がいっぱいになる。


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