君のいる世界
現在 礼治

 麻酔が利き始めるまでに、十秒とかからなかった。目を閉じて、開けたらまた何も変わらない日常があるはずだった。


 ゆらゆらと意識が移っていく。


 出会ったばかりの、美しい彼女に一目惚れしてモデルを頼んだこと。その写真が評価されて写真集を出版したこと。

 忙しく仕事をしていたその影で、ちやほやされてその中のファンがストーカーにまでなっていたことに気づくことも出来なかった。

 自分に対する執着は、撮影現場への待ち伏せでわかっていた。それでも、何人かいるファンの一人だとしか思えなくて、影で妻に嫌がらせをしていたなんて知らなかった。


 あの日、あの場所で嫌というほど思い知るまでは。

 迎えに出て来た彼女に、ストーカーが踊りかかったのはスローモーションのようにはっきりと覚えている。

 まばたきをする間に彼女が刺されて、倒れるまでがあっという間で自分には何も出来なかった。
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