君のいる世界
この服でミカさんの前に。
近づくあたしに気づいたミカさんは、大きな瞳をさらに見開いて驚いた。
「まさかこの服を着るなんてね」
ため息にも似た声で呆れたようだった。
「この服が一番ミカさんにとって大事なものだと思ったんです。試着してみて、よくわかりました」
ブラウスに残された幾つものミシンの針穴のライン。それは、何度も服のラインを調節するために縫い直したことを表している。
裏地で見えなくても、ジャケットの脇や肩のラインにも微調整を繰り返した跡があるはずだ。
わずかに表面に残る針穴から、そう感じた。
「この服は、デザイナーになろうと思ってから初めて作った服なのよ…針目もガタガタで恥ずかしいわ」
それでも愛おしそうに服の肩に触れた。
「それでもその頃のがむしゃらに頑張ってた自分と、今の玲奈ちゃんに重なるものがあるのかもしれないわね」
ランウェイに目をやったミカさんは、あたしの手を取ると、そっと肘の高さまで持ち上げた。
最後にランウェイに出るあたしを待つように、他のモデルはステージ上の両脇で待っている。
軽く支えられた手に引かれながらミカさんとあたしがステージに出ると会場がざわめいた。
かわいい、着てみたい。
そんな声に混ざって、誰この人すっごい綺麗そんな声も聞こえた。長身のミカさんはモデルだったとしても遜色なく、デザイナーとしての威厳も加わって見る人を圧倒する。
ランウェイの端で手を離したミカさんを待たせて最後のポーズを決める。
この服がどんな服か知らなくても、みてくれた人の心に残りますように。ミカさんの努力が伝わりますように。
ただ服を着ているだけじゃなくて、そういうことも伝えられたらいいのに。自分が新米のぺーぺーだというのが、これほど悔しいものだとは思わなかった。