ハードな彼と溺れる恋を 【ぎじプリ】
うーさんは、課長専用のUSBメモリだ。うちの課の中でもいちばんの古株で、見た目もそれにふさわしくお腹まわりがゆたかな人の好さそうなおじさんだ。
本人は「もう歳だ」なんていうけれど、まだまだ読み込み速度は早く、データ書き換えの限界寿命を迎えるのも当分先だと思われる。
「まあ確かにうーさん、くたびれた感じはあるけれどハゲ呼ばわりはあんまりでしょう?経年の劣化で多少見た目が薄くなるのは仕方ないんですから。ユウさんだって明日は我が身ですよ?」
「うっせぇな。ハゲはハゲだろ。……だいたい削除ってなんだよ。この前遅くまでおまえの残業付き合ってやって保存してやったデータなのに」
その資料はお偉いさんたちの日程調整の関係で急遽作成しなきゃならなくなったもので、先週深夜まで掛かって私がどうにか作成したものだ。オフィスに残った私と最後まで一緒にいてくれたのはユウさんだけだったから、それをゴミのように捨てなきゃいけなくなったことは申し訳なかった。
「………無駄になってごめんなさい。でもしょうがないでしょう。私じゃ力及ばずだったんだから」
「おまえ、随分簡単に言ってくれるよな」
「だって課長が決めたことだから。私は今回は諦めて、次頑張るしかないんです」
「それで?俺はあのハゲ親父の腹ん中にあるデータを、自分の中に無理やりブチ込まれるのを大人しく受け入れろって?……あんなジジイに自分を上書きされることがどんなに屈辱なことが、おまえは分かるのか!?……考えただけでも反吐が出るッ」
自分の頭の中を他人のデータで浸食される不愉快さを思い出してか、ユウさんは見てる方が気の毒になるくらい嫌そうな顔をする。それは注射を嫌がってだだをこねる子供のようで痛々しくて哀れっぽくて、そしてちょっとカワイイ。けど。
「あー、うん。ごめんなさい、そういうのよくわかんないや。だって私、人間だし。とりあえず削除と保存、いつも通りお願いします」
私が故意に突き放して言うと、ユウさんはちょっと傷ついたような目をして俯いてしまう。
「………ああそうかよ。どうせおまえは俺のことなんて、クリック一つでどうとでも自分のいいように記憶(データ)の改竄も上書きも出来る、便利で都合のいい男だとしか思ってないんだろ」
-------だからごめんってば。そんな傷ついた顔しないでよ。
ほんとは、私がユウさんの中から削除しているのは、ビジネス用のデータだけじゃない。
ユウさんのデータを勝手にいじったことに当然罪悪感はあるし、自分勝手だってわかってる。けど私ももう彼なしの状態が3年も続いている。
両親に孫の顔を見せるっていう夢をまだ捨てるわけにいかないから、ユウさんにハマって人としての道を踏み外すことは出来ないのだ。
……でもそう割り切ろうとする一方で、私もユウさんみたいに自分の頭の中の記憶も感情も、ワンクリックで簡単に削除できたらいいのにって思っている。
彼の顔を見ているとそんな感傷を抱いてしまうほどに、まだ彼のことを引き摺っていた。