記憶の欠片
「美月っ!」

甲高い声と同時に近づく足音。振り向くと男が立っていた。

ジュウよりも、頭ひとつ程小さく、童顔で整った顔立ちが、幼さを醸し出す。

「君は?」

男は、ジュウを見下ろしながら、怪訝そうな表情で語り駆ける。

「別に誰でもいいだろ」

ジュウの、重く塞がれた口元が静かに動く。

そんな、無感情な返答に、男は表情を変えることなく動き出す。

「確かにそうだね。君が誰であるかなんて僕に教える義理もないし、僕自身、君に興味がある訳じゃない。ただ、君が抱いているその子、美月に用があるんだよ」

そう言うと男はジュウの前に膝をつき、ジュウの手元から抱き寄せる。

「おに・い・・ちゃん」

そして、それと同時に、固く閉ざされた少女の唇が弱々しく開く。

男は、そんな少女の声を聞くと、先程までの怪訝そうな表情は消え去り、にこやかに微笑んでいた。

「大丈夫?こんなに濡れちゃって。とりあえず保健室に行こうか。このままじゃ風邪を引いてしまうからね」

男は少女を抱き抱え立ち上がる。

「何も聞かないの?」

今にも泣き出しそうな震えた声で話す少女に、男が微笑んでいた。

「あぁ。美月が言いたくなったら聞くよ。それまで僕は何も聞かないから」

そう言って男は校舎へ向かって歩き出す。

「君がどんな理由があって、今この場所に居るのかは分からないし、詮索もしない。それに、美月の反応を見る時点で、君が何かしたとも考えられない。でも、教師に見つからない内に、早くこの場所を出た方がいいよ。僕も面倒はごめんだからね」

振り返ることなく語り駆けられた言葉は、ジュウをすり抜け雨音の中へ消えていく。

「・・・みつな」

滲み出る記憶と、腕に残る微かな感触が、絡み合いながらも、確かな擦れを生じさせる。

その場で立ち上がったジュウは、歩き出すこともなく、無気力に立ち尽くし、雨は無情にも降り続いていた。


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