笑顔のかみさま【ぎじプリ】
いよいよ、明日から本店勤務。一日の業務を終えて自分のデスクを綺麗に片づけると、最後に彼だけがぽつんと残った。
……さすがに、本店には彼を連れていけない。ボロボロの彼を見ると、諦めもついた。
「早く……俺のこと、離してくれない?」
彼は素っ気ない口調で、顔色ひとつ変えずに言ってくる。わたしひとり、寂しがっているみたいでなんだか悔しい。
「もうちょっと、別れを惜しんでよ」
「離れたいんだよ、アンタと」
「どうして、そんなこと言うの?」
別れを急かす彼に、思わずムッとしてしまう。
「だって……そうじゃないと、しちゃいけないこと……したくなる」
「しちゃ、いけないこと……?」
よくわからない。なにがダメなのだろうか。
たずね返すと、彼はきまずそうに頭を掻いた。
「なんでもない。……ほら、早く離せ。俺は疲れたんだよ」
彼は自ら、寄り掛かっていた端末画面から離れた。
ひとりでは上手く立てず、力なくデスクに座り込む。……わたしとは目を合わせようともしない。
「なによ、もうっ」
自分勝手な行動に腹が立ち、彼の身体を拾い上げると、彼の分身や兄弟、太っちょの親戚や蛍光色の細い友人、伝票達がいる箱へ彼を入れた。
……感謝の言葉も言えなかった。後悔が洋服に飛んだ油みたいにじわじわと沁みてくる。
帰る前に箱の中身をシュレッダーにかけていると、上のほうにいたはずの彼は箱の隅で縮こまっていた。まるで、ここに留まろうとしているようだ。
「……今まで、ありがとう」
囁きかけると、彼がうっすらと目を開けた。
「どーいたしまして」
彼は照れくさそうに笑い、わたしの手を取って指先にキスを落とした。そして、シュレッダーの中へ入っていく。
軽いキスだったのに、彼が姿を消すとピリリと痛みが走った。見ると線を書いたような切り傷ができていた。どうやら、最後に噛みつかれたらしい。