ひとみ
ボクは男を押さえつけようと、必死にヤツと取っ組み合っていたが、逃げようとする気迫が勝るのか、ひったくり男の力にかなわず、突き飛ばされてしまった。
尻もちをついたボクは、もう一度立ち上がろうと顔を上げた。
そしてその瞬間、周囲に再び鈍い音が響き渡った。
ボクの目に飛び込んできた光景は、ひったくり男の側頭部にひとみさんのハイキックが炸裂した光景だった。
再びボクの目の前に、ひったくり男の体がスローモーションのように崩れ落ちてきた。
周囲は水を打ったような静けさに包まれた。
だが、次の瞬間ひとみさんの一声によって再びどよめき始める。
「なに、見てるの!早く警察よんで!」
急に周囲ざわめきだし、彼女のハイキックでノビた男を取り押さえる者や、交番に走り出す者の姿が見えた。
そんな中、ひとみさんはひったくり男が奪ったバッグを老女に返して笑顔を向けた。
「ありがとう、本当にありがとうございます」
彼女は涙を流しながら、ひとみさんの手を握った。
「それより、おばあちゃん、ケガはない?」
ひとみさんの言葉は老女を気遣うものだった。
ボクは少しひとみさんのことを見直した。
いや、少しというより、かなり見直したってのが本当かもしれない。